第三章 羽田恵那
私の朝はいつも突然に始まります。それは眠っている最中に米俵をどさっと雑に置かれる様な感覚がお腹、または腰に伝わるからです。
ちなみに今日はお腹でした。
「ぶっっ」
なので思わずそんな無様なうめき声を出してしまいます。
「おはよう」
私のお腹の上にお尻を乗せてにこやかな笑顔と晴れやかなる声で姉さんは私の目覚めをお迎えしてくれます。もっと優しい起こし方は無いのだろうかと問いつめたくなるのですが、姉さんの行動とは裏腹な優しい笑顔と声でその気持ちは相殺されるのです。
「おはようございます」
こうして私の声を合図に二人して洗面所に向かって顔を洗い、朝食を食しにリビングに向かい、いつもの朝が始まります。
階段を下りながらお腹をさすっていると、ふと昨日のことを思い出しました。どうやら頭部にもこのような衝撃を受けた様な気がするのですが……再起動を始めたばかりの頭ではどうにも思い出せず、脳みそがふわふわとしているような、どこかスモッグで覆われている様な、そんな感覚のお陰でいまいちはっきりしません。
洗面所で先に顔を洗い終えた姉さんが昨日のことを訊ねてきました。
「今日は目覚め悪かったのは昨日のせい?」
ですが、こちらは顔にじゃばじゃばと両手でお湯をかけて洗っているわけなので答えられるはずがありません。
「だって、いつもならヒップドロップ一発で起きるのに、今日は三発だったもんね。山登りして疲れてたのかな? でも日を跨ぐまでに帰ってくるなんて恵那も律儀よね」
私はいつもお腹にヒップドロップなんてされていたのですか……衝撃です。それはさておき、私には昨日の記憶がほとんどないので、残念ながらこの話にはついていけません。適当な言葉でかわすしかないのです。
「ええ、鍵を開けてくれてありがとうございます」
「いや、いいっていいって。こっちも助かってるからさ」
私が姉を助けている。間接的な意味になりますが間違ってはいません。
姉さんは二浪して偏差値が最底辺の大学に受かりました。けれどまともに通ったのは入学から二年間で三週間程です。私はそれで大丈夫なのかと訊ねましたら、姉さんは大学とは高校は違うから問題無し、と言います。お陰で姉さんの生活は逆転し、夕方頃に起床し、朝と昼の狭間で就寝するのだそうです。なので、姉は朝食を摂る早い時間でも起きているのです。そして朝食をお母さんと二人で食すのは嫌なので私を毎朝起こしにくるのです。
それ以外にも精神的に私が姉さんを助けているのかもしれませんが、あまり深く考えないようにしています。
リビングに行くと、お母さんはテレビも点けず席に着いていて、その机の上にはコーンフレークの箱と牛乳パック、それとそれらを入れるお皿が置かれています。私は席に着いてから、なるべくじゃらじゃらとコーンフレークの音を立てないように皿に入れ、牛乳が飛び跳ねないようにゆっくりと皿に注ぎました。そしてお母さんのいただきますの声の後、私は復唱してからコーンフレークにスプーンをつけるのです。
気がつくと私はリビングから出た廊下に立っていました。
例え話をしているわけでなく、朝食を食した覚えがないのです。もしかすると昨日の疲れのせいで食事中に寝ぼけていたのかもしれません。
自室に行く前に姉さんの部屋をノックし、そのことを訊ねましたら、「三杯も食べて腹壊さないか心配だったよ」という答えが返ってきましたので、いつもより多めに食べたと言うことになります。私はあまりコーンフレークが好きではありませんので、それは少し変です。けれど、疲れを取る為に体が無意識に栄養価の高いものを求めたのかもしれません。
このような解決することができない事柄にいつまでも頭を悩ませていてはそれこそ熱量の無駄と言うものです。それならば塾の宿題に当てた方がまだ効率が良いので、私は自室に入り、塾の宿題の残りをするため席に着きます。そして今日の一日の予定を考えながら筆記用具などの準備を行います。
確か、十時から塾で冬期講習が行われ、一六時終わり、それから余った時間でお母さんに頼まれている夕食の買い物をして帰宅。それが本日の予定です。更に余った時間で織絵さんに昨日の報告ができればいいなと思います。




