第二章 白井優
日が傾き始めた頃、俺は旧図書室を出て、学校からほど近い商店街をぶらぶらと歩いた。数年前は活気があった……ではなく、活気づけようとして作られたと見られるアダムスキー型UFOを象った電灯が道の脇に並び、会社の看板にも無意味にUFOの文字や絵が描かれ、パチンコ屋にもUFO(これもアダムスキー型)のオブジェが、店を吸い上げるというイメージで置かれている。パン屋もUFOに汚染されていて、ただ袋にUFOの絵が描かれたシールを貼ったカレーパンが販売されている。それを一つ買い、今日はクリスマスなので、隣の和菓子屋にも寄りアダムスキー型UFOの最中を購入した。そして商店街の終わり辺りにあるUFOラーメンを置いたラーメン屋で夕食にすることにした。
このUFOラーメン太郎に置いてあるUFOラーメンには、具にメンマとわかめの他にイイダコと輪切りされたゆで卵とホタテが入っている。店主に理由を聞くと、それぞれに異星人、月、UFOに見立てているのだという。スープは醤油ベースで魚介が強く麺は細麺を使っている。特に旨くも不味くもないラーメンで、いつも味が安定していることだけが取り柄と言える。
商店街にはもう一店ラーメン屋があるが、そこもUFOラーメンを置いている。けれど、ただナルトにUFOが描かれただけの、少し味のいいだけのしょうゆラーメンだ。
食べ終えて店を出る。ざっと商店街を見渡す。数年前までは観光客がそこそこ歩いていたことが嘘の様に人は少なく、地元の人間が来ることでギリギリ成り立っている商店街。町の開発が進み、大型のショッピングモールが建てられればすぐにシャッターが降りるだろう。そうなれば陳腐なUFOの絵や模型などが見られなくなってしまう。それはそれで少し寂しく思った。
しばらく歩き、この町の外れにある病院の入院病棟に入る。303号室にはいつもと同じように憂鬱な表情で窓から外を見つめる弟の姿が見えた。
弟は生まれてから約六年もの間を病院で過ごしている。その為、読書やゲームばかりしているので視力が落ち眼鏡をかけている。そして甘やかされて育ったので凄くわがままだ。
「よう」と声をかけても知らんぷりをしている。
「これやるよ」
さっき商店街で買ったUFOパンとUFO最中をベッドの上に置く。弟は一瞥して、再び視線を外に向けた。
「こんなのいらない。忘れた? 僕が欲しいもの」
忘れるわけが無い。そのせいで俺は学校で異星人になっているのだから。
確かそれは弟が三歳の頃で、俺が中学三年だった頃だから二年前だ。年の離れた弟の誕生日に何を贈ればいいのかわからなかった俺は直接聞く事にした。そのとき病室のテレビでは正月明けの特番でオカルト特集をやっていた。
「何か欲しいもんあるか? いくらまでとかケチなことは言わないから言ってみろ」
すると弟はテレビに向かって、すっと右人差し指を指した。
「これ、これがいい」
これ、とはメキシコの上空で鳥のように群れをなして飛ぶ、UFOの大群だった。
「UFO? こんなの無理だって。UFOは人が持っていいもんじゃない、撮る物だ」
「とるって、カメラで撮るってこと?」
「そうだ」
「じゃあ、それ」
タイムマシーンがあれば、間違いなくここに戻り、違う方法で弟を説得していただろう。何が撮るものだ。撮れるもんじゃないだろ。いくらUFOの町と言えど、ただの町おこしであって、実際に見たって人はいない。いたとしてもそれは町おこしの一環としてホラを吹いているのだろう。
結局その日から三日三晩、そうはちぼん伝説に出てくる尾錠山で空を眺めていたが、UFOの気配など無く、綺麗な星空が見えるだけの寒い夜だった。それを弟に伝えると、「じゃあ、UFOが見つかるまでずっと僕は四歳にならない」と駄々をこねたのだった。
約束は約束なので、週に三回程は尾錠山でUFOを探したが見つからず、一年経ち、そして二年経った。
「お前、今年で何歳だ?」
「三歳」
馬鹿野郎。お前は今日で五歳になったんだよ。と、言いたいところだけど約束を守れない俺が言うべきではない。
俯きながらそんな思い出に浸っていると額にUFOカレーパンが飛んできた。ビシャというビニール袋の音と柔らかいパンの感覚が伝わる。食べ物を粗末にするなと言ってやろうと視線をあげる。すると弟は顔を真っ赤にして俺を見ていた。
「ここに来る暇があるならUFO探せよ。馬鹿」
床に落ちたカレーパンを拾い、俺は病室を後にした。
掲示板に貼られた町内のクリスマス会の案内で、UFO鑑賞会なんて催し物があって俺は笑いをこらえるのが必死になった。
もう世間はUFOなんて流行が過ぎた物に興味など無く、笑いのネタくらいにしか考えていない。それなのにそんな物にまだ必死にすがりつくこの町、そして弟……俺もか。
すっかり日が暮れ、都市部では交際している男女がロマンチックな食事をしているだろう、そんな時間帯。俺も俺で、考えようによってはロマンチックなことをしていた。
尾錠山の中腹にある神社で星を眺める、いつものように。いや、本当はUFOを探さなければいけないのだが、さすがにあんなことがあった今日では探す気にはなれず、寝転がってボーッと空を見上げていた。
月が天辺に昇るにつれ、次第に寒さは深まり雪が散らつき始める。それを見てポケットに入ったカレーパンを思い出し、口に放り込む。外気で冷えて歯にしみるが、腹が減っていたので二口で完食した。体を温めてくれていたカイロは冷たくなり始め、そろそろ帰ろうかと携帯で時間を確認すると二十二時を過ぎていた。ゆっくりと立ち上がりズボンについた草を払い、自転車を置いている鳥居に向かった。
道也に進めば本殿と拝殿があり、その先に鳥居がある。その本殿を曲がった瞬間だった。腹にタックルを受けた様な強い衝撃を受け、犬か猿にでもぶつかったのかと目の前を見ると、女性が倒れていた。
携帯電話のフラッシュを使い、顔に光を当てて大丈夫かと訊ねるが返事は無い。
……どこか見覚えのある顔なので、もう一度フラッシュを当てて確認すると同じクラスの羽田だった。
彼女は高校の一年から同じクラスだ。成績優秀で勉強も運動も学年トップレベルで、それを鼻にかけないで誰にでも優しく接する変な奴だ。良く出来すぎている女だ。
いつも人のことを思い、空気を読んだ行動を心がけている、ように思いきや世間離れした所もある。
例えば政治の授業の時に、羽田は教師に向かってこんな質問をした。
「のーぱんしゃぶしゃぶとは何ですか?」
普通の男子がこんなことを質問すればすぐにふざけるなと叱られるのだが、羽田の場合は違い、真面目で通っているのでそんなことはなく、「あとで教えるので職員室へ」となった。その羽田は教室の空気が一変したことで『のーぱん』を『ノーパンツ』だと気付いたようで、顔を真っ赤にして席に着いたのだった。ちなみに後で職員室に行ってちゃんとノーパンしゃぶしゃぶについて学んだそうだ。それを真面目だなと褒めていいのか俺にはわからない。
まあ、羽田については真面目で優しい少し変な女子、という印象を持っている。そんな真面目な彼女がどうしてここにいるのかわからない。確か家庭の教育が厳しいとも寺内から聞いた覚えがある。そうならなおさら可笑しい。
ニット帽にマフラーを巻き、手袋はしていないが分厚いダウンパーカーとリュックも背負っているので家族と参拝に来たのではなく一人で来たのだろう。
とりあえず起こさなくてはと思い、頬に三往復くらい平手を打つが目を覚ましそうになく、全くの無反応だ。救急車を呼ばなくてはいけないのかと考えたが、高校生がこの時間に男女で何故に外出しているかとを問われそうで、こちらの話など聞かず不健全だ、みたいな流れに間違いなくなるので躊躇してしまう。ならば神社の神主に……と思ったが、も同じ対応をされるだろう。
ではどうすれば一番後処理が楽なのか、と考えてみる。しかし良案が出てこないので羽田を横に抱えて元の場所に戻り、様子を見ることにした。
どうしてこんなことになったのだろうと、ため息まじりで正面に広がるUFOの町を眺めた。能都半島の境目の田舎だが、住宅街と道路と車のライトでそれなりに明るく、それなりにきれいでもある。目を細め、くるくると光るパチンコ屋のUFOの模型が見える。偽物のUFOは町中に溢れているのに、本物は気配すらしない。皮肉な町だ。
その瞬間だった。視線に光の玉の様な物が映った。それは山から町の方へ出て行くように幾つも幾つも飛んでく。
いつかの病室で見たメキシコの上空を群れて飛ぶUFOの映像に似ていた。
青、赤、橙、緑、それぞれ四色の光を放つ光の円盤が推定十個以上飛んでは消えていった。
見蕩れている場合ではないが、体は思うように反応せず、異星人に電波で体の動きの自由を制限されているのかと思わせるくらい手と足が震え、ポケットに入っているデジカメを取り出せずにいた。
やっとの思いで手に取っても、手の震えで電源ボタンを入れることが出来ない。指が言うことを聞かないので、いっそ手を丸め叩くようにして電源ボタンを押す。すると起動し、すぐさま先ほど群れをなして飛んでいたUFOの辺りにカメラを構えるが、もう姿は消えていた。それでも諦めきれずに連射し、二分程して我に返り、ため息をついた。
こんなことはもう一生起こらないかもしれない。そう思うとため息どころではなく、本当に気持ちが滅入ってしまい、全身に力が入らなくなり眼を閉じてその場に倒れ込んだ。
撮った写真に何か写っているかもしれない、そう思い直し目を開けた瞬間だった。
「うぉいっ!」
目の前に羽田の顔があったので思わず声をあげて驚いてしまった。
「気がついたならまず声をかけろよ、びっくりしただろ!」
怒声を浴びせても何故か羽田に反応は無く、首をちょこんと傾げたくらいだ。興奮しすぎて呂律が回らなかったのだろうか? それとも……彼女の記憶が飛んでいる? そんな考えが浮かんだ途端、急に焦ってきた。
「さっきまで気を失っていたことはわかるか? 俺のことはわかるか? 話したことは数える程しかないが、二年間クラスが同じだから名前は知らなくても顔くらい覚えているだろう?」
三角座りをして俺に視線を向けている羽田だが、視点は俺の顔ではなく、もっと遠くを見ている様な気がした。もしかして意識が朦朧としているのかもしれない、と思った瞬間だった。羽田が口を開いた。
「知っている」
「そうか、よかった」
「………異星人でしょう?」
いや、確かに学校ではそれで通っているが、学校外でそれを言われるとさすがに恥ずかしくなってしまう。
「自分も異星人。この星でまさか出会うとは思っていなかった」
?
「では、また会いましょう」
羽田は立ち上がるとスーッと素早く歩いて、懐中電灯や携帯電話のフラッシュも付けずに神社の鳥居の方へ、その暗闇の中へ消えて行った。呆然とする俺を残して。




