第一章 白井優
俺は異星人だ。
放課後の旧図書館。廊下側の窓から視線を感じる度に、その言葉を思い返す。
その言葉を発した理由はたった一つ。自己紹介に耳を傾けず考え事をしていたからだ。UFOの映像を撮る方法を。
未確認飛行物体。それに対し、俺は人以上の思い入れは無い。なのに、何故そんな映像が必要かと言うと、弟が誕生日プレゼントに欲しいと言うのだ。弟がそう言ったのは四歳の誕生日だから俺が中学三年生の頃だ。
そして結局、当たり前だが入手する事などで出来ず、UFOのラジコンをあげたのだが、その場で粉砕され、その日から山に行ってUFOを撮ろうと頑張っているのだ。
そんな日々を過ごしているうちに俺の頭はおかしくなり、いっそ俺が異星人になればUFOは姿を現すのでは? という意味不明な結論を抱いていた。それがぽっと、ふいに口に出してしまったのがあの自己紹介だったのだ。
正直に言うと、俺は誰かの突っ込みを待っていたし、教師からの注意を受けたがっていた。けれど、何故か思っていたよりも連中はこのような事態に免疫が無いらしく、俺も「なんちって」などとおどける事も出来ず、何事も無かったかの様に席に着いたのだった。
入学式の自己紹介から数週間は注目を浴びていた。浴びすぎてストレスが溜まり、胃がしくしくと泣くようなじっくりとした痛みを抱える程だった。そこで逃げ場に使ったのが旧図書室だった。
誰も読まない、読まれなくなった本を置いた、誰も使用しない旧図書室。教室より少し大きく、本棚が部屋の三分の二を埋めていて、残ったスペースにガスストーブと傷だらけで所々綿が出ているソファーが置かれている。
そんな所で休み時間と放課後に非難していると、俺に対する『おまえ異星人だろ視線』は無くなっていった。それは徐々に。あめ玉が溶けるように。
白井優は異星人であるという事が校内で当たり前になってからは誰にも接されず、接しない学園生活を送って来られた。
それがいいのか悪いのか良くわからないが、概ねいいように感じる。
誰に非難されるわけでなく、傷をつけられるわけでもない何もない日々。適当に授業を受けて、放課後はほこりまみれの旧図書室で読書に耽る。悪くない。
ただ、たまに活字に集中できず、秒針の音に耳をすませていると思う事がある。
この学校の何人くらいが俺を異星人だと思っているだろうか?
正直、1%くらいの確率だろう。この町の学校でなければ限りなく0だが。というのも、俺が通うこの高校は、石河県の白衣市にある。場所で言えば能都半島の付け根辺りだろう。
そこは『そうはちぼん伝説』という伝説の舞台となった町で、未確認飛行物体に興味がある奴に知られている。かいつまんでその伝説を説明すると、昔々、白衣にある尾錠山ではそうはちぼんに似た光が度々目撃された、という話だ。そうはちぼんとは仏具で、シンバルの様な形をしている。一般的に認知されている円盤型のUFOとシンバルの形状は似ている。だからそうはちぼん状の光はUFOだったのだ! と言われていて、この町の村おこしにもUFOは使われることになり、UFOの町として知られるようになったのだ。
そのお陰で町には宇宙博物館という珍しい物もある。今思えば、なまじUFOと関わりが深い町だから、あの自己紹介で微妙な空気になったのかもしれない。
という理由で百人に一人は俺が異星人だと信じている奴がいるのではないかと思う。いや、……それだけではない。流行が過ぎたと言うのに、一週間に一度くらい、旧図書室を覗きにくる奴がいるのだ。もしかして観察しようとしているのかもしれない。そんな馬鹿な奴がいるわけない。と、思いつつも窓の方に視線を送る。
…………いつも通り誰もいない。隠れているのかもしれないので、トイレついでに俺は部屋から出て周囲を確認する事にした。すると曲がり角でひらりとゆれるスカートが一瞬見えた。
やはり誰かが覗きに来ている。けれど今から追いかけた所で追いつけるわけもなく、後ろ姿の彼女が誰なのか特定する事など難しいので、素直にトイレに向かった。
そして用を足し旧図書室に戻ると、ソファーで文庫本を読む寺内がいた。
「これはこれは、異星人ではないか」
そういって憎たらしい笑顔を浮かべる寺内は、何故か俺に付きまとってくる変な奴だ。休み時間、放課後、自由気ままにこの部屋にやってきて、空いたソファーに座り哲学書や明治時代の文豪の書籍を読んでいる。わざわざこの部屋に来る意味がわからない。だから俺はいつも不機嫌に彼を迎えている。
「おやおや、異星人。君に話しかけているのだけれど。まあ、無視をするのはいつものことか」
わざとらしく音を立てて本を閉じ、部屋を出る準備を始めた。
「そうそう、君に言う事があった。今日の夜はいつもの様に山に行くのか? まあ、答えてはくれないか。うん、行けばいい」
寺内の顔はいつもより嫌らしく、不敵で、苦虫を噛み潰す様な笑顔と言えばいいのだろうか。とにかく気色悪く、その表情は焦げ目の様に頭にこびりついた。




