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第七章 羽田恵那

 どうやらまた私の記憶は途切れてしまっていたようです。無意識の私が白井くんと戯れていたに違いありません。

 しかし、どうしてなのか、ほっと安心した気持ちと、ぎすぎすとやすりで研がれた様な胸の痛みがあるのです。

 ほっと安心する気持ちは理解できます。

 白井くんを退屈させないような振る舞いが出来るのか、おかしな表情をしていないか、白井くんを怒らせる様な、不快にさせる様な言葉を発していないか……など、考えればきりがないほどの注意点を抱えたまま過ごす時間をいくらかは消化できたからでしょう。

 ただ、その時間が苦痛かと訊かれれば、頑として否と答えられます。

 彼といる時間は楽しいとは言えません。自分の情けなさ、彼に対する知識の無さで悲しくなります。けれども、それを越えて、白井くんの笑顔、機嫌の良い声色、柔らかな雰囲気を五感で感じる事がさらなる幸福をもたらしてくれるのです。なので白井くんといることは苦しくもありますが、それよりも嬉しさの方が大きいのです。いえ、まだ経験していないのでわかりませんが。

 しかし、この胸の痛みは何でしょう?

 私の無意識さんは恐らく無事に二人の時間を無難にこなしてくれたに違いありません。もし退屈しているのでしたら、白井くんは私の隣ではなく、離れて行動していたに違いないありません。なのである程度充実した時間を提供できているのです。私の無意識は。

 ならば、どこに胸の痛みを抱える訳があるというのでしょう?

 私の意識ではなく、無意識が行ったから? そうだとすればその痛みはお門違いも甚だしい。無意識は私でないようであって、私なのです。

 思い返してみれば良い、記憶をなくす前までのあの体たらくを。

 ろくに会話もせず、何も出来ず、人の力を頼って、そして悲しい顔をさせて、駄目が幾らあっても足りない始末だったではありませんか。

 そのような私が無意識に嫌悪感を抱く何ぞ言語道断なのです。

 けれど、これからの時間は無意識ではなく私自身で彼を満足させなくてはいけません。どのような振る舞いで退屈させないようにすればいいか。不快な気持ちを抱かせないようにするか。それを考えながら尿意を解消し、ドアを開けた。


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