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第六章 羽田恵那

 私は何をしているのでしょう?

 話したいことはいくらでもあるのだけれど、散らかった私の思いは容易くそれを探してはくれません。あれやこれやと湧き出る言葉を紡ぐ前に諦めてしまうのです。

 白井くんはその話しを聞いて気を良くしてくれるのだろうか? 気を悪くしないだろうか? そのようなことを考えてばかりなので当たり障りの無いことしか聞けません。

 白井くんの事をもっと知りたいのに。

 このような機会は滅多にないのに。

 電車では会話を探そうとしているといきなり白井くんからの異星人発言で混乱し、咄嗟に赤ちゃんを抱いた女性に話しかけ、可愛いですねなどと声をかけた自分が憎いです。確かに赤ちゃんは可愛らしいのですが、可愛いから声をかけたのではなくて、赤ちゃんをきっかけにして白井くんとまともな会話ができればと思ったからです。

 汚い。

 自分の感性を否定されるのが怖いからと言って、第三者の手を借りるとは愚行もいいところです。進歩の可能性すら伺えません。さらに女性の「カップル」という言葉に感激して舞い上がるなんてどうかしています。

 気になります、白井くんがその言葉で私の事をどう思ったのかが。

 まだ白井くんと会って三十分少々なのにこれほどまで落ち込み、これからどうすればいいわからず一寸先は闇と言いますが、もう闇に陥っています。

 落ち込みながらも顔には出さないようにして歩いていると、ふと足下にふわふわとした感触がしたので見下ろします。そこには首輪のついた柴犬が尻尾を振って私の横を歩いていました。

 辺りを見渡すと整備された道路に木々と草花が植えられ、ベンチが点在しています。どうやらここは公園で、その中に宇宙博物館が建てられているということでしょう。そしてこの柴犬も散歩中なのでしょう。

 少し屈んで頭を撫でると嬉しそうに目を瞑り、舌で指先を舐めてきました。冷たくなっていたので暖かい犬の舌は少し気持ちいいです。

「おっ、犬か」

 少し先を歩いていた白井くんも柴犬に気付いたようで、こちらに近づいてきます。そして白井くんと柴犬の眼が合った瞬間でした。

 さっきまでぬいぐるみのようにふわふわして可愛く、人懐っこい粗相をみせていたのに、地鳴りのような低いうなり声をあげ、白井くんを睨みつけたのです。豹変して大きな鳴き声で威嚇する柴犬を落ちつかせようと顎の下辺りを撫でますが効果はありません。

「やっぱ、可愛くないな」

 そう言って白井くんは前に向き直しとぼとぼと歩いて行きました。

「あっ、白井くん」

 待ってという言葉は出せず、大人しくなった柴犬を撫でながら先を行く白井くんを見ていました。その後鳴き声で気付いたのか飼い主の方がすぐに現れ、軽くおじぎをすると縄を付けて去って行きました。

 私の小さな自慢として、子供と犬に好かれるという物がありましたが、今日に限っては全く嬉しいものとはなりませんでした。白井くんは犬に嫌われたと思って傷ついたのかもしれません。

 どうしてこう悪い方へと事が進むのでしょうか? 私だって好きで柴犬に好かれたわけではないのに。

 もう帰りたい。


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