表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Bingata Legacy 〜沖縄戦×米軍基地配置×禁忌の紅型〜  作者: ちま
第二部 隆造編前編 ― 王府に刻む布 ―
77/139

第十話 王府と家族――二つの決断

国が終わるとき、

最初に崩れるのは城ではない。


――家族だ。


王である前に父であり、

世子である前に息子であり、

姫である前に、一人の娘である。


尚泰王は、

これまで決して

開かれることのなかった場を設けた。


それは「王府の会議」ではなく、

尚家の家族会議だった。


この日交わされる言葉は、

誰の命を守り、

誰の人生を引き受けるのかを決める。

首里城・奥御殿


広間には、灯りが落とされていた。

外の虫の音だけが、かすかに響いている。


尚泰王を中心に、

妃や子どもたちが静かに座していた。


誰も、口を開かない。


沈黙が、すでにすべてを物語っていた。



「……皆、集まってくれてありがとう」


静かな声。


その一言だけで、

場の空気が引き締まる。


「陛下――」


誰かが呼びかける。


だが。


「……その呼び方は、

 ここまででよい」


わずかなざわめき。


尚泰王は、

ゆっくりと視線を巡らせた。


挿絵(By みてみん)


「今は、“父”でいい」


尚典が、深く頭を下げる。


「……父上」



尚泰王は、

間を置いてから告げる。


「琉球処分は、

 避けられなかった」


誰も動かない。


「清も、日本も――

 我らを守らない」


短く、事実だけが落とされる。



「私は、東京へ移る」


「世子――典もだ」


尚典は、ただ一度だけ頷いた。


「だが」


一拍。


「尚家のすべてを、

 連れて行くことはできない」


その言葉に、

空気がわずかに揺れる。


「邸宅も、身分も、

 すでに制限されている」


沈黙。


「ゆえに――」


尚泰王は、静かに言った。


「東京へ行く者」


「この地に残る者」


「それぞれ、自ら選べ」



尚綾が、静かに立ち上がる。

その所作に迷いはなかった。


「父上」


「私は、この地に残ります」


尚典が、思わず顔を上げる。


「……理由は」


尚綾は、まっすぐに答えた。


「この土地で、

 生きる人々と共に在りたい」


「王族である前に、

 “琉球の娘”として」


沈黙。


尚泰王は、目を伏せる。

そして、ゆっくりと頷いた。


「……そうか」



「父上」


尚典の声。


「紅型地図の一部を、

 東京へ持っていくことをお許しください」


一瞬、時が止まる。


「東京で――」


「琉球が、

 なかったことにされぬように

 するためです」


長い沈黙。


尚泰王は、

ゆっくりと口を開いた。


「……よい」



そのときだった。


「……父上」


尚秀の声。


だが、その声は、

わずかに揺れていた。


「私は――」


言葉が、続かない。


彼には、まだ選べる道がなかった。


沈黙。


尚泰王は、その姿を静かに見つめる。


「秀」


名を呼ぶ。

それだけで、場の空気が変わる。


「お前は、まだ決めるな」


わずかなざわめき。

尚秀が顔を上げる。


「……しかし」


尚泰王は、静かに首を振る。


「決められぬまま、生きよ」


沈黙。


「迷っているうちは、

 まだ失っていない」


誰も、息をしない。


「迷える者は、まだ選べる」


尚秀の目が、わずかに揺れる。


「何になるかではない」


一拍。


「どう生きるかだ」


そして。


「――生きろ」


その言葉は、命令ではなかった。

許しだった。


尚秀は、何も言えなかった。

ただ、深く頭を下げる。


それが、すべてだった。



「よく聞きなさい」


尚泰王の声。


全員が、背筋を伸ばす。


「これは、

 尚家が生き残るための話ではない」


間。


「琉球の人々が、

 生き残るための話だ」


その言葉の重さが、場に沈む。

誰も、顔を上げない。


尚綾と尚典が、視線を交わす。

だが、何も言わない。


もう、言葉は必要なかった。



――この夜。


尚家は、

「王家」であることを手放し、

それぞれの場所で、生きることを選んだ。


そして、

それでもなお、

彼らは「家族」であり続けた。



(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ