第三話 SNSという武器
伝統工芸は、美しい。
だが、美しいだけでは——売れない。
百年以上続く名工房も、
深く考えれば「同じ悩み」に立っていた。
東京で育った継は、
その事実を誰より早く理解していた。
これは
静かな工房に
「異物」が持ち込まれた日の物語である。
「……売れると思うか?」
健太が、ぽつりと呟いた。
工房の奥。
染料の匂いと、
乾ききらない布の湿気が残る空間で、
陽はまだ高いままだ。
スマートフォンを操作しているのは、
継だった。
「売れるか、じゃないです」
継は画面から目を離さずに言った。
「“見つけてもらえるか”、です」
彩乃が顔を上げる。
「また元気の理屈?」
「工房の、じゃありません」
継は、手を止めず、
一人一人を見る。
「今の時代の理屈です」
机に小さな光が走った。
「うちは観光客もほぼ通りません。
赤字を止めるには、これしかない」
「だからSNS——」
継に言葉を遮ったのは、
健太だった。
「絵にできるってもんか」
空気が、一瞬だけ張りつめる。
その時、
奥の作業台から椅子の音がした。
隆司だった。
古い筆を布に置き、
ゆっくりと二人の方を見る。
「……騒がしいな」
低い声だった。
健太は少し肩をすくめる。
「この坊ちゃんがさ」
「工房をネットに出すって言うんだ」
隆司は、継を見る。
視線は静かだが、
長年の職人の目だった。
「沖縄の工芸で、
“拡散”する必要があるのか」
継はスマホを持ったまま答える。
「あります」
短い沈黙。
「SNSで、宣伝します」
彩乃が少し笑った。
「……若いな」
だが、否定もしなかった。
隆司は、
作業台の紅型を一度だけ見た。
(未完成の紅型)
その次に、継を見る。
「布は嘘をつかない」
静かに言う。
「だが、人間は焦る」
継は黙って聞いていた。
隆司は続ける。
「売る方法を考えるのは
悪いことじゃない」
「だがな」
ほんの少しだけ笑う。
「布より先に
人間が目立つようになったら
それは紅型じゃない」
健太が腕を組む。
「ほらな」
継は少しだけ息を吐いた。
「だからこそ、今やるんです」
隆司は答えない。
ただ、静かに頷いた。
工房に、久しぶりの
ざわめきが戻る。
⸻
「……すごいな」
健太が赤面した。
だが、すぐに表情を引き締める。
「ただし、一つだけ」
「これで売れると思うな」
継が頷く。
「分かってます」
隆司が最後に言った。
「迷うな」
彩乃が笑う。
「もう守る気?」
町に新しい風が吹いた。
「だからこそ、今やるんです」
二人は顔を見合わせる。
まだ目は合っていない。
だが——完全に否定はされない。
工房の空気は変わり始めていた。
※この回ではまだ「不安」を残しています。
※次話、第四話でその不安が現実になります。




