第二話 縫えるが、売れない
尚継の技術は確かだった。
だが、工房には客が来ない。
“作れる”と“売れる”の間に、
深い溝があることを知る。
継の手は、迷いがなかった。
ただ黙々と、布を張り、型を置き、色を差す。
動きは若いが、線は安定している。
健太は腕を組んだまま、
その手元を見つめ続け――
「……上手いな」
ぽつりと、独り言のように呟いた。
彩乃は少しだけ表情を和らげ、
しかし、まだ一歩距離を保ったまま継を見ていた。
その背後で、
美咲は何も言わず、静かに立っている。
――この若者が、
どこまで行けるのかを量るように。
そして、工房の奥。
古い作業台に腰を掛け、
一人の男が静かにその様子を眺めていた。
隆司だった。
年老いた手は染料で黒く染まり、
長い年月を紅型と共に過ごしてきたことが分かる。
隆司は、継の筆の動きを見ながら
小さく息を吐いた。
「……迷いがないな」
誰に向けた言葉でもない。
ただ、職人としての感想だった。
健太の言葉の続きは重い。
「で、売れるか?」
午後になっても、
店に客は来なかった。
通り過ぎる観光客は、
スマホを見たまま歩いていく。
帳簿を閉じながら、美咲が言った。
「今月も赤字」
工房に、短い沈黙が落ちた。
継は何も言えなかった。
技術がある。
想いもある。
――それでも、売れない。
(東京で見てきた“市場”と、ここは違う)
健太が肩をすくめる。
「坊ちゃんに現場は厳しいだろ」
その言葉に、
継は反論しなかった。
反論できるほど、
結果を出していないからだ。
その時だった。
奥で黙っていた隆司が、
ゆっくりと立ち上がる。
そして継の作業台に近づき、
布を一度だけ見下ろした。
「技術はある」
短く言う。
「だがな」
少しだけ笑った。
「紅型は、技術で売れるもんじゃない」
継は顔を上げた。
隆司はそれ以上何も言わず、
また作業台の奥へ戻っていった。
読者はここで思う。
少し現実的な職人物語になってきたな
でも、ちゃんと成長しそうだ
――完全に、安全圏である。




