第十八話 文化を守る者
文化は
誰のものなのか。
国か。
市場か。
それとも——
人か。
東京。
国立博物館。
朝。
広いエントランスに
静かな光が差し込んでいた。
継、彩乃、ジョン、健太。
四人は受付の前に立っていた。
彩乃が小さく言う。
「本当に会えるの?」
継は頷いた。
「多分」
健太が腕を組む。
「文化財法の権威だろ?
そんな人が会ってくれるのか?」
継は言った。
「チャンさんが紹介してくれました」
ジョンが笑う。
「俺はFBIに呼ばれた時より緊張してる」
彩乃が吹き出した。
⸻
一人の女性が歩いてくる。
黒いスーツ。
落ち着いた雰囲気。
リン・チャンだった。
「来てくれたんですね」
継が頭を下げる。
「今日はありがとうございます」
チャンは言った。
「私ではありません」
一拍。
「紹介する人がいます」
⸻
研究棟。
静かな部屋。
本棚が壁一面に並んでいる。
中央の机に
一人の老人が座っていた。
白髪。
細い眼鏡。
静かな目。
チャンが言う。
「先生」
老人が顔を上げる。
「来たか」
チャンが紹介する。
「御厨先生」
「仲村継さんです」
老人はゆっくり頷いた。
御厨正道だった。
御厨は言う。
「話は聞いている。
紅型の件だね?」
継が頭を下げる。
「はい」
彩乃が緊張している。
健太は静かに周囲を見ている。
御厨は言う。
「まず」
「作品を見せてくれ」
⸻
机の上。
紅型の写真。
沖縄の海。
島々。
花。
そして
二つの旗。
御厨はしばらく黙っていた。
長い沈黙。
彩乃が不安そうに言う。
「先生…?」
御厨は静かに言った。
「なるほど」
「これは、文化財だ」
部屋の空気が変わる。
健太が驚く。
「そんなにですか?」
御厨は答える。
「そんなにだ」
一拍。
「いや、それ以上だ」
⸻
御厨は椅子に深く座る。
「君は、これをどうするつもりだ?」
継は答える。
「展示したいと思っています」
「でも、今はできません」
御厨が聞く。
「なぜ?」
継は言う。
「林明浩です」
部屋が静かになる。
御厨の眉がわずかに動いた。
「なるほど」
御厨は紅型を見つめる。
「文化には、二つの敵がいる」
継が聞く。
「敵ですか?」
御厨は言った。
「無関心」
一拍。
「そして、政治だ」
ジョンが小さく笑う。
「林はどっちだ?」
御厨は答えた。
「両方だ」
⸻
御厨は継を見る。
「だが、君は間違っていない」
継は驚いた。
「本当ですか」
御厨は頷く。
「文化は」
「守る者がいなければ消える」
一拍。
「だが、守るだけでも消える」
継は言う。
「……どうすれば?」
御厨は静かに答えた。
「戦うしかない」
チャンが小さく笑う。
「先生はそう言うと思いました」
御厨は言う。
「林明浩は」
「文化を市場にする男だ」
一拍。
「だが、文化は
市場だけでは生きられない」
御厨は紅型の写真を指差す。
「これは」
「歴史だ」
「記憶だ」
「沖縄そのものだ」
⸻
御厨は継を見る。
「仲村君」
「君は、覚悟はあるか?」
継は迷わなかった。
「あります」
御厨は頷いた。
「よろしい」
一拍。
「ならば、私も味方になろう」
彩乃が息を呑む。
健太が言う。
「マジか」
ジョンが笑う。
「戦力追加だ」
⸻
御厨は立ち上がる。
「だが」
「林は簡単な相手ではない」
「文化戦争になる」
継は言う。
「望むところです」
御厨は少し笑った。
「若いな」
御厨は言った。
「まず、文化人の味方を集めよう。
君一人では戦えない」
継は頷く。
「はい」
御厨は続ける。
「そして」
「林明浩にも、
文化人がいる」
空気が少し冷えた。
チャンが言う。
「国際キュレーター」
御厨が頷く。
「鷹宮アレク」
継が聞く。
「どんな人ですか」
御厨は静かに言った。
「文化を、金に変える男だ」
⸻
東京の夜。
高層ビル。
窓の向こう。
林明浩がワインを飲んでいる。
秘書が言う。
「御厨正道が動きました」
林は笑った。
「ほう」
一拍。
「文化戦争か」
林は言う。
「面白い」
⸻
同じ部屋。
もう一人の男。
黒いスーツ。
黒髪。
静かな目。
彼は紅型の写真を見ていた。
鷹宮アレクだった。
彼は言う。
「美しい」
一拍。
「そして、高い」
林が笑う。
夜の東京。
文化戦争は
始まったばかりだった。
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(第十八話 了)




