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Bingata Legacy 〜時と海を越える遺志〜  作者: ちま
第一部 尚継編 ― 未来に紡ぐ色 ―
14/21

第十話 林 明浩

継承とは、

受け取る瞬間よりも――


渡す瞬間の方が、

ずっと静かに訪れる。


これは、

仲村工房の一つの時代が

終わる日である。

2025年。


沖縄。

仲村工房。


工房の朝は、

昔と変わらない。


潮の匂い。

染料の匂い。

乾きかけた布。


だが――


一つだけ、

変わったことがあった。


作業台の前に立つのは、

継。

健太。

彩乃。

三人だった。



「この色、もう少し薄く」

健太が言う。


継が頷く。

「了解です」


彩乃が布を広げる。

「この柄、海外受けしそう」


工房は、

動いていた。


確実に。

前へ。


だが、

奥の座敷だけは、

静かだった。



仏壇。


その前に、

一枚の写真がある。


美咲。

穏やかに笑っている。


挿絵(By みてみん)


その前に、

湯呑みを置く男がいた。

隆司だ。


「……美咲」


隆司は、

小さく笑った。


「やっと休めるな」



数日前。


美咲は、

静かに息を引き取った。


大きな病気ではない。

年齢だった。


最期まで、

工房のことを気にしていた。


『継なら大丈夫』


『健太もいる』


『彩乃もいる』


そして、

最後にこう言った。


『隆司』


『もう、いいよ』


隆司は、

その意味を理解していた。


工房を、

次の世代に渡す時が

来たということだ。



隆司は立ち上がる。


障子を開ける。

工房を見る。


継がいる。

健太がいる。

彩乃がいる。


隆司は、

小さく笑った。


「……任せたぞ」


その日。


隆司は、

工房を去った。



引退。

隠居。


そういう言葉が、

一番近い。


だが、

本人はこう言った。


「ただの長い休暇だ」


誰も止めなかった。


そして、

仲村工房は、

完全に次の世代へ引き継がれた。



その数日後。


一人の男が、

工房を訪れた。


「すみません」


静かな声だった。


継が顔を上げる。

「はい?」


入口に、

男が立っていた。


挿絵(By みてみん)


スーツ。

整った髪。

年齢は三十代半ば。


だが、

その目は、

少しだけ冷たい。


「ここが」


男は言う。

「仲村工房ですか?」


継が答える。

「はい」


男は、

ゆっくり工房の中を見渡した。


紅型。

道具。

布。


男は、ほんのわずかに笑った。

「美しいですね」


継は言う。

「ありがとうございます」


男は、一歩近づく。

「実は、お話がありまして」


健太が腕を組む。

「営業ならお断りだ」


男は、静かに首を振る。

「違います」


一拍。


男は名刺を差し出した。



林 明浩(リン・ミンハオ)です」


空気が変わる。


継は、名刺を見る。


そこには、

こう書かれていた。


『林グループ CEO』


中国系大企業の社長。



彩乃が、

小さく息を呑む。


林明浩は、

穏やかに言った。


「あなた方の紅型。

 少し、興味がありまして」


継が聞く。

「……どの作品ですか?」


林は静かに言った。


()()()()()()


だが、その瞬間。

仲村工房の空気が、凍った。



林は笑う。


「その紅型、買わせてください」


「もちろん、正当な価格で」


だが、その目は、

笑っていなかった。


継は、小さく言った。

「……売りません」


林は、少しだけ笑った。

「そうでしょうね」


一歩、継に近づく。

そして、こう言った。


「ですが」


「その紅型は、

 世界が欲しがります」


林は、振り返る。


「また来ます」


そう言って、

工房を出ていった。



沈黙。


彩乃が言う。

「……何あれ」


健太が言う。

「やばい匂いしかしない」


継は、

倉庫にある紅型を

見つめていた。


そして、

初めて思う。


この布は、

本当に

工房のものなのか。


それとも

もっと大きなものなのか。


"戦い"は、

まだ始まったばかりだった。



(第十話 了)

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#政治要素あり #国際要素あり #史実ベース #フィクション
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