第十一話 八原の空――戦争は、もう始まっている
世界は、すでに動いていた。
机上の地図の上で始まった戦争は、
やがて、現実の地形へと降りてくる。
本土から視察に訪れた一人の将校が、
兵学校の教室で語る。
それは講義ではなく――
来るべき戦場の説明だった。
そして村男たちは、
初めて「自分たちが立つ場所」を知る。
1936年。
沖縄。
空は、よく晴れていた。
――だが、
八原だけが、空を見上げていた。
その目は、どこか遠くを見ている。
「……あの人、また空見てるぞ」
Bが小声で言った。
「癖なんじゃないですか?」
Cが肩をすくめる。
「何かあるんだよ」
Aは静かに言った。
八原が振り返った。
「集まれ」
「特別講義だ」
五人は整列する。
その後ろには、
尚造と秀伍の姿もあった。
八原は地面に視線を落とす。
そして言った。
⸻
「戦争は、どこから始まると思う?」
五人は顔を見合わせた。
B
「えーと……敵が攻めてきたら?」
C
「政治とか……ですか?」
D
「……分かりません」
八原は頷いた。
「どれも正しい」
「だが、それでは足りない」
少し間を置く。
「戦争は――資源から始まる」
空気が変わった。
八原は続ける。
「この国には資源が少ない」
「だから、外に求める」
「満州は豊かだ」
「石炭、鉄、土地」
「だから――手を出した」
五人は黙って聞いている。
八原
「だが問題は、その後だ」
「一度始めた戦争は、簡単には終わらない」
「理由は三つある」
指を一本立てる。
「一つ。引けない」
「国内が許さない」
二本目。
「二つ。勝たなければ損をする」
「経済が止まる」
三本目。
「三つ。現場が止まらない」
「前線は、勝手に進む」
静寂。
B
「……じゃあ、止められないんですか?」
八原は即答した。
「……もう、止まらない」
空気が一段、重くなる。
八原
「やがて戦線は広がる」
「中国全土だ」
Cが小さく息を呑む。
⸻
八原
「だが――問題はそこではない」
「本当の問題は」
少し間を置く。
「アメリカだ」
五人の視線が揺れた。
B
「アメリカって……
そんなに強いんですか?」
八原
「強い」
B
「どれくらい?」
八原
「勝てないくらいだ」
C
「即答……」
わずかな苦笑。
だがすぐに消える。
八原は続ける。
「資源を止められたら、この国は戦えない」
「石油だ」
間。
その時。
尚造が、静かに布を広げた。
八原
「ここを通る」
指が、南方の海をなぞる。
「このルートが止まれば」
「終わる」
Dの顔が曇った。
D
「……そんなに簡単に?」
八原
「簡単だ」
「だから奪う」
「南へ出る」
Eは地図をじっと見ていた。
E(心の声)
(海……広い)
(逃げ場がない)
八原はゆっくり言った。
「選択肢は二つに見える」
「戦うか」
「やめるか」
「だが違う」
「戦うしかない状況になる」
五人は何も言えなかった。
⸻
八原は空を見上げた。
「中国で戦い」
「やがて資源を断たれ」
「南へ出る」
そして。
「アメリカと戦う」
静寂。
風の音だけが響く。
誰も、言葉を発しなかった。
⸻
その日の夕方。
五人はそれぞれ、座っていた。
B
「……なんか、怖くなってきたな」
C
「今さらですよ」
A
「いや……」
「現実になった」
Dは、小さな紙を見ていた。
家族からの手紙だった。
Eは、地面を触っている。
土の湿り気を確かめるように。
秀伍がぼそりと言った。
「いい顔になってきたな」
尚造は微笑んだ。
「ですね」
⸻
遠くで、波の音がした。
八原は一人、空を見ていた。
(……もう、止まらない)
その目は、未来を見ていた。
空の向こう。
小さく、飛行機が飛んでいた。
⸻
(つづく)
第十一話でした。
「戦争はどう始まるのか」
八原の視点から描いた回です。
次回はいよいよ――
彼らがそれぞれの道へ進みます。




