第八話 後継者指名
「継ぐ」という言葉は、
技術のことだけを指すわけではない。
人も。
家も。
そして――
時には、
歴史そのものも継ぐことになる。
夜。
仲村工房は静まり返っていた。
昼間のにぎやかさが嘘のように、
今は風の音しか聞こえない。
継は作業台の前に座っていた。
染料の匂い。
乾きかけた布。
今日も、
紅型の型紙を手に取る。
「……」
少しだけ、手が止まった。
昼間のことを思い出していた。
養子。
仲村家。
そして、家族。
まだ実感がない。
だが――
嫌ではなかった。
むしろ。
胸の奥が、
静かに温かい。
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「継」
声がした。
振り向くと、
美咲が立っていた。
「まだ起きてたんですね」
継が言う。
美咲は小さく笑った。
「あなたが残ってると思って」
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「ちょっと来て」
そう言って、
工房の奥へ歩く。
継は立ち上がり、
後を追った。
⸻
工房の奥。
普段は使われていない小部屋。
棚には、
古い布や道具が並んでいる。
その中央に、
一枚の布が置かれていた。
白い布。
まだ何も描かれていない。
「これ」
美咲が言う。
「見て」
⸻
継は布を広げる。
そこには、
一枚の紅型があった。
波。
雲。
花。
沖縄の自然が、
静かに広がっている。
だが、
どこか違う。
継はすぐに気づいた。
「……これ、
普通の紅型じゃない」
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美咲は頷いた。
「そう。これはね」
少しだけ間を置く。
「1945年に作られた紅型」
継の手が止まった。
「1945……」
頭の中で、
ある言葉が浮かぶ。
沖縄戦。
⸻
「でも」
継は言う。
「こんな型、見たことないです」
「当然」
美咲は答えた。
「これは売り物じゃない。
誰にも見せない紅型だから」
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継は紅型を見つめる。
波の模様。
その中に、
小さな線があった。
まるで、
地図のような。
「……?」
違和感。
だが、
まだ意味が分からない。
⸻
美咲は静かに言う。
「継」
「今日から、
あなたを後継者にします」
継は顔を上げた。
「……え?」
「技術だけじゃない」
「工房も」
「家も」
「全部」
「あなたに継いでもらう」
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継は言葉を失った。
「でも……」
「まだ」
「僕は――」
⸻
「いいの」
美咲は言う。
「決めたのは私」
そして、
少しだけ笑った。
「あなたはもう、
仲村家だから」
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沈黙。
継はゆっくり頭を下げた。
「……分かりました」
「やります」
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その時。
風が吹いた。
工房の窓が、
小さく鳴る。
紅型の布が、
わずかに揺れた。
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その模様を、
継はもう一度見る。
波。
花。
そして――
小さく描かれた、
見慣れない線。
「……これ」
思わず呟く。
「地図みたいですね」
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美咲の目が、
一瞬だけ揺れた。
だが、
何も言わない。
「気のせいよ」
そう言って、
布を畳んだ。
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その夜。
継はまだ知らない。
この紅型が、
ただの布ではないことを。
そして。
この布が、
世界の歴史と
繋がっていることも。
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(第八話 了)




