第六話 養子縁組
仲村工房は、小さな工房だ。
だがこの日、
一人の若者の人生を変える話が、
静かに決まろうとしていた。
それは、
大きな出来事ではない。
けれど、
この物語にとっては――
とても大きな一歩だった。
工房の空気は、
少しずつ変わり始めていた。
誰も言葉にはしないが、
継のことを、
職人として見始めている。
健太も、
彩乃も。
そして――
美咲も。
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その日の作業が終わり、
工房に静かな時間が戻る。
染料の匂い。
乾きかけた布。
夕方の光が、
作業台の上に落ちていた。
「継」
美咲が呼ぶ。
「ちょっといい?」
継は顔を上げた。
「はい」
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奥の小さな座敷。
そこには、
隆司もいた。
いつものように、
湯呑みを持っている。
「座って」
美咲が言う。
継は、
少し緊張しながら座った。
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少し沈黙。
そして。
美咲が言った。
「継」
「あなた、東京の家には戻るの?」
継は、少しだけ考えた。
「……いえ」
静かに答える。
「戻るつもりはありません」
隆司が、
小さく頷く。
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「そう」
美咲は湯呑みを置いた。
「じゃあ、聞くね」
一呼吸。
「仲村家に来る?」
継は、
言葉の意味をすぐ理解できなかった。
「……え?」
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隆司が言う。
「養子だよ」
あっさりと。
「戸籍の話」
継は固まった。
「……え」
「いや」
「え?」
美咲が笑う。
「そんな顔すると思った」
美咲が立ち上がり、
座敷の壁をちらりと見る。
そこには、
古い家族写真が飾られていた。
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「別に、
今すぐ答えなくてもいい」
隆司が言う。
「ただな」
少しだけ真面目な声になる。
「工房を継ぐってのは」
「仕事だけの話じゃない」
「家の話でもある」
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沈黙。
継は、
膝の上の手を握った。
「……僕で、いいんですか」
思わず出た言葉だった。
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隆司が笑う。
「健太と彩乃に聞いてみろ」
「もう半分、
家族みたいな顔してる」
美咲も頷いた。
「うん」
「最初から、そう思ってた」
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継は、
しばらく黙っていた。
そして。
深く頭を下げる。
「……お願いします」
「仲村家に、
入れてください」
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沈黙。
隆司が、
ゆっくり立ち上がる。
「よし」
「決まりだな」
あまりにも軽い声だった。
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美咲が笑う。
「そんな簡単に?」
「いいんだよ」
隆司は言う。
「こういうのはな」
「早い方がいい」
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そして継を見る。
「今日からだ」
「仲村継」
その言葉に、
継は少しだけ戸惑った。
でも。
どこか、
安心した顔だった。
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工房の外。
夕焼け。
風に揺れる紅型。
仲村家に、
新しい家族が増えた。
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だが。
そのことを、
まだ誰も知らない。
この家が、
どれほど"大きな歴史"と、
向き合うことになるのかを。
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(第六話 了)




