第39話 書かれているが、信じてはならない
【第四層突入時:ユウスケ・フジオカ Lv30】
通路を抜けた瞬間、
音が吸い込まれた。
足音が、
床に触れてから遅れて返ってくる。
視界の先には、
無数の書架が立ち並ぶ巨大な書庫。
天井は見えない。
宙に浮く階段が、
ありえない角度で交差している。
「……第四層」
セリスが、喉を鳴らした。
「上下の感覚が……
一定じゃない」
「それだけじゃない」
フィアが、壁面の文字を読む。
「ここに書かれている法則……
一部、矛盾しています」
リーナが、杖を握り直す。
「……嫌な感じがします」
ユウスケは、静かに息を吐いた。
(……理解できる。
だが、信じられない)
〈真理解析〉を起動。
⸻
【空間解析:部分的に成功】
【重力方向:可変】
【敵性反応:有】
【注記:解析結果の信頼度 63%】
⸻
(……六割)
ここまで低い数値は、
初めてだ。
「解析は参考までだ」
ユウスケは、全員に告げる。
「鵜呑みにするな」
◇
書架の影が、
ゆっくりと動いた。
ページが、
擦れ合う音。
やがて現れたのは――
本と獣が融合したような存在。
⸻
【対象:スクリブナー】
【種別:知識捕食型魔獣(実体)】
【推定Lv:26〜28】
【特性:理解消耗/記述干渉】
⸻
「……気持ち悪い」
セリスが、率直に言う。
スクリブナーの身体は、
開いた書物で構成されている。
ページが、
羽のように広がり、
そこに文字が走っては消える。
次の瞬間。
スクリブナーが、
鳴いた。
音ではない。
意味の波だ。
「……っ!」
リーナが、
一瞬、詠唱を止めた。
「……あれ?」
困惑した声。
「……回復の、
言葉が……」
(……来たな)
「リーナ、無理に思い出すな!」
ユウスケが、即座に叫ぶ。
「身体で発動しろ!」
リーナは、
一瞬目を閉じ――
祈った。
光が、
自然に広がる。
「……出ました」
だが、
いつもの感覚とは違う。
◇
スクリブナーが、
距離を詰めてくる。
セリスが、
剣を振る。
「……っ!」
当たった。
だが――
「……型が、
思い出せない……!」
身体は動く。
だが、理由が抜け落ちる。
フィアが、歯を噛みしめる。
「理論式が……
途中で、抜けてる……!」
「考えるな!」
ユウスケは、
短剣を低く構えた。
「今やっていることだけ見ろ!」
◇
スクリブナーのページが、
めくれた。
そこに映ったのは――
ユウスケの戦闘記録。
「……俺の……」
過去の動き。
成功例。
判断のログ。
(……知識を、
食っている)
だが――
(……完全じゃない)
“今”の判断は、
そこに書かれていない。
「……来る!」
ユウスケは、
解析結果を無視して動いた。
重力が反転する瞬間、
逆方向へ踏み出す。
スクリブナーの爪が、
空を切った。
「……っ!?」
フィアが、
驚きに目を見開く。
「解析、
逆でした!」
「だからだ」
ユウスケは、
踏み込みながら言う。
「解析を疑った」
◇
短剣が、
スクリブナーの“背表紙”を断つ。
文字が、
悲鳴のように散った。
だが、
致命傷ではない。
「再生します!」
フィアが、叫ぶ。
「核は……
索引部です!」
「リーナ!」
「はい!」
「光で、
ページを“白紙”にしろ!」
理解ではなく、
直感。
リーナの祈りが、
白い光となって書架を包む。
文字が、
消えた。
「今だ!」
セリスが、
型を忘れたまま踏み込む。
だが、
身体が覚えている。
最短の軌道。
剣が、
索引部を断ち切った。
◇
スクリブナーが、
崩れ落ちる。
本が、
ただの紙束に戻り、
床へ散った。
完全停止。
その瞬間、
重くなっていた思考が、
少しだけ戻る。
⸻
【経験値獲得】
【無限成長:効果発動】
【レベルアップ】
Lv30 → Lv31
⸻
「……一つ、戻った」
ユウスケは、
額の汗を拭った。
だが、
完全ではない。
「第四層は……」
フィアが、
静かに言う。
「知っているほど、
不利になります」
「だが」
ユウスケは、
前を見据える。
「知らなくても、
進める」
リーナが、
小さく頷いた。
「……祈りは、
言葉じゃなくても
届くんですね」
セリスが、
剣を握り直す。
「……忘れても、
身体は覚えている」
◇
書庫の奥で、
別の書架が動いた。
もっと大きい。
もっと、理屈を破壊する気配。
(……次は、
“論理”を刈るやつだな)
ユウスケは、
短剣を構えた。
第四層は、
まだ入口に過ぎない。
だが――
一歩、通した。




