第13話 剣を置く夜
【現在:ユウスケ・フジオカ Lv12】
地下拠点を離れ、二人は夜の森を歩いていた。
月明かりは弱く、木々の影が重なっている。
足音は二つ。だが、会話はない。
セリスは、剣を腰に戻したまま、視線を落として歩いていた。
――敗北。
それは、誰かに告げられなくても、身体が理解している。
(……負けた)
剣を弾かれた感触。
喉元に突きつけられた冷たい刃。
思い出すたび、胸の奥が軋む。
やがて、ユウスケが足を止めた。
「ここで、休もう」
小さな開けた場所。
焚き火を起こすには、十分だった。
◇
火が、静かに揺れている。
枝がはぜる音だけが、夜に溶ける。
セリスは、火を見つめたまま、しばらく黙っていた。
やがて、ぽつりと口を開く。
「……完敗でした」
声は低く、感情を抑えている。
「剣も、技も……
通じていませんでした」
ユウスケは、否定しない。
「そうだな」
その一言で、セリスの肩がわずかに震えた。
「私は……近衛騎士です」
拳を、ぎゅっと握る。
「王国では、
“強い方”だと思っていました」
火が、ぱちりと音を立てる。
「それなのに……
何も、できなかった」
沈黙。
ユウスケは、火に枝を足しながら、静かに言った。
「剣では、負けていない」
セリスが、顔を上げる。
「……え?」
「負けたのは、
立ち位置だ」
地面に、小枝で簡単な図を描く。
「前。後ろ。側面。
全部、相手が決めていた」
セリスの視線が、図を追う。
「……私は、
前しか見ていませんでした」
「それでいい場面もある」
ユウスケは、図を消した。
「だが、今日は違った」
セリスは、深く息を吐いた。
「……私は、
もう前に立つ資格がないのでしょうか」
その言葉は、
誇りが砕けた者にしか出てこない重さを持っていた。
ユウスケは、すぐには答えなかった。
火を見つめる。
揺れる炎。
消えそうで、消えない。
「ある」
短く、しかしはっきり。
「まだ、ある」
セリスの指が、わずかに動く。
「ただし――」
一拍。
「一人で勝つ剣じゃない」
セリスは、目を見開いた。
「……守る、剣……?」
「そうだ」
ユウスケは、頷いた。
「今日、お前は負けた。
だが――」
視線を、真っ直ぐ向ける。
「折れてはいない」
セリスの喉が、鳴った。
「剣を落としても、
立ち上がろうとした」
「それが、全部だ」
◇
しばらくして、セリスが小さく頭を下げた。
「……教えてください」
焚き火の光が、揺れる。
「あなたは、
どうやって“戦場”を見るのですか」
ユウスケは、少しだけ考え、答える。
「最初は、立ち位置だ」
「立ち位置……」
「次に、
“誰が倒れると、場が崩れるか”を見る」
セリスは、息を呑んだ。
「剣を振るのは、最後だ」
沈黙。
やがて、セリスは、深く頷いた。
「……分かりました」
声は、まだ震えている。
だが、迷いはない。
「明日から……
お願いします」
ユウスケは、短く頷いた。
「無理はさせない」
◇
夜が、深まる。
焚き火は小さくなり、
星が、静かに瞬いていた。
セリスは、剣を膝に置いたまま、呟く。
「……今日、
あなたが手を出さなかったこと」
視線を落とす。
「今なら……
分かります」
ユウスケは、答えない。
その沈黙が、肯定だった。
◇
やがて、二人はそれぞれ横になった。
眠りに落ちる直前、
ユウスケは空を見上げる。
(……次は、変える)
剣の振り方ではない。
立ち方を。
そして、夜が明ければ――
修練が始まる。
それは、敗北の続きであり、
再生の始まりだった。




