番外編 あの丘の家について
【王国街道・酒場】
「あの丘の家、知ってるか?」
最初は、そんな一言だった。
王都から少し離れた緑の丘。
見張りも結界もない、大きな家。
旅人が言う。
「魔物が、近づかないらしい」
「らしい、じゃない」
行商人が首を振る。
「近づけないんだ」
◇
「誰が住んでる?」
「……Xだ」
酒場が、一瞬静まる。
◇
X。
SSの上ではない。
制度の外。
「魔王と会って、帰ってきた」
「倒したわけでもない」
「従ったわけでもない」
「……じゃあ、何なんだ」
「分からない」
だから、Xだ。
◇
【王国騎士団・詰所】
若い騎士が、地図を広げる。
「この家、
警戒対象ですか?」
上官は、首を横に振った。
「違う」
「監視も?」
「不要だ」
「接触は?」
一拍。
「しない」
理由は、言わない。
だが、全員分かっている。
触れない方が、安全だから。
◇
【魔術師協会】
「結界がない?」
「ありません」
「罠は?」
「ありません」
「魔力反応は?」
「……あります」
「どの程度?」
「測定不能です」
沈黙。
「……家、ですよね?」
「ええ」
「ただの生活反応です」
誰も、笑わなかった。
◇
【街道・昼】
旅人が、丘を遠くから見る。
洗濯物が揺れている。
子どもの笑い声が、風に乗る。
「……普通だな」
隣の老爺が言う。
「普通に見えるだけだ」
「近づくと?」
「戻りたくなる」
◇
【魔族の噂】
「人間の巣だ」
「違う」
「巣は、
外に向かって牙を向ける」
「あそこは?」
「内側だけを守っている」
魔族は、近づかない。
敵意がないからではない。
勝ち目がないからでもない。
理由は、もっと単純だ。
「……あれは、
戦場じゃない」
◇
【王城・書庫】
書記が、記録を閉じる。
名称:X
居住地:王国近郊・緑の丘
脅威評価:不明
接触推奨:なし
最後に、一文が追記されている。
備考:
争いを引き寄せない。
ただし、
争いが向かえば、
そこでは終わる可能性が高い。
◇
【丘の下】
子どもが転んで泣いている。
丘の家の方から、誰かが走ってくる。
「だいじょうぶ?」
手を引いて、立たせる。
それだけ。
何も、起きない。
◇
外の世界は、
あの家を理解しない。
理解できないから、
距離を取る。
距離を取るから、
噂が育つ。
だが、真実は一つだけだ。
あの丘の家は、
世界を支配しない。
救おうともしない。
ただ、帰る場所として在る。
それが、
外の世界から見た
「Xの家」だった。




