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灯りの花のしおり

夜になると灯りの花が咲く町、マルグ市。

その町には錬金術師がいると言えばいるのだが……


「はいは〜い、マルグ名物『灯りの花』のしおりはぁ、こちらです〜」


緩〜くふんわりとした雰囲気の女性が、語尾をのんびり伸ばし、あまり売る気なさげに接客をしている。


この緩〜い女性の名はフィーリア。

かつては錬金術の申し子と呼ばれていた……らしいが、いまはこの町で土産物店を緩〜く開いている。


そんな商売気のない店主の態度とは裏腹に、しおりは観光客相手に売れていく。もともとの在庫数が少なかったのか、午前中には『品切れ』の札がかかり、小さな兄妹がしょんぼりした足取りで店を後にした。


その花がこの町で咲くようになったのは昔のこと。

町中に広がったのは、それより少し後のこと。


だというのに、この花についてはいまだ

・マルグ市で咲く

・夜になると咲く

・雨風の強い日には咲かない

くらいのことしかわかっていない。


灯りの花は『永遠の光』『聖なる光』とも言われるが、花は一夜でしおれる。

それでも毎晩、新たに咲き継ぐ――不死の力を思わせるほどに。


かつて、その実態を解明すべく、研究者としてこの花に挑んだ者がいた。


それが彼女である。


* * *


「私たちのチームこそが、この花の謎を解くんだ。

 そして『世界に光を』――灯りの花だけに!」


満面の笑みでそう告げた彼女に、仲間たちは笑いながらも真剣にうなずいた。


魔力も、物理法則も、精霊論も通じない不思議な花。

それを解明し、応用し、生命や癒し、あるいは永続的な光源として社会に還元する。

そんな夢を抱いていた。


実際、彼女は当時の誰よりも真剣だった。

ほんの少しお茶目な冗談を交えながらも、その瞳はまっすぐで、熱くて、何より楽しそうだった。


だが、年月と共に、判明したことはひとつ――


「この花、何にもならないっぽい……?」


発光の原理、未解明。

生育環境、限定的。

薬効、毒性、魔術反応、すべて反応なし。

錬成も複製も不可能。魔力での再生成も拒絶。

何も、見つからなかった。


成果の上がらぬ研究への失望からか、チームから、ひとり、またひとりと去っていった。

彼らは別の研究に身を投じ、いまではみな華々しい経歴の持ち主だ。


それでも彼女は、この花の可能性を信じて、仲間がいなくなってもなお、研究を続けてきた。


だが、ある日、こう結論づけるしかなくなったのだ。


「……ないのか。『意味』ってやつが」


机に積まれた失敗の標本瓶が、月明かりの下でただの空き瓶に見えた。

心が折れる音は、意外と静かだった。


* * *


そんなある晩、フィーリアはふと、道端に咲いた花に目を留めた。

小さな光。淡い色合い。ただひっそりと、灯るだけの花。


「……でも、きれいだね」


あの瞬間、背負っていたものが、ふっと軽くなった。


ただ咲くだけ。

ただ光るだけ。

ただ一晩でしおれるだけ。


「ま、いっか〜。別に何もなくても、きれいだし〜」


肩の力が抜けたその夜、何気なく自分の調合物質を使って押し花の実験をしてみた。そして偶然、それが「光らないが、枯れない」保存方法になると気づいた。


「おっ、これ……いける?かも〜?」


こうして生まれたのが、『灯りの花のしおり』である。彼女はそのしおりをそっと、愛用の日記に挟んだ。


* * *


あの夜の思い出に作った、灯りの花から生まれた唯一の成果。そのしおりは、いまでは彼女がその後立ち上げた土産物店で売られている。


価格はあくまで適正価格。

売れ行きは悪くなく、たまに通販の可能性や増産予定を聞かれることもあるが、彼女は大量生産する気はない。


花は、自宅の裏庭に咲いた見栄えの良いものを、ほんの少しだけ。それをそっと押し花にして、店先に並べている。


「ま、この花で世界は救えなかったけど〜、私の財布は救えるし〜」


そんな冗談を言いながら、またひとつ、しおりを仕込む。

あの兄妹、また買いに来てくれるだろうか


光はなくとも、この花を見たときの感動やマルグ市での思い出を、そっと思い起こさせる『灯りの花のしおり』。


ほかに何ができるわけでもない、ただのしおりだけど、買い求める観光客の心の日記の中で、思い出をすぐに紐解くためのしおりになっているのに違いない(しおりだけに)。


そんなことをゆるっと考えながら、今日も彼女の、少し忙しくて緩〜い一日は過ぎていくのだった。

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