灯りの町が好きになった夜
灯りの町、マルグ市。
ずっと地図でしか知らなかったこの町に、今日はじめて来た。
駅を降りたとき、空はまだ明るかった。
家を出る前、お父さんが言った。
「晴れてたら、きっと灯りの花が咲くよ」
灯りの花って言葉は、すごくふしぎでなんだか夢みたいだった。
駅を降りてから町を歩き、お母さんが「このあたりに咲くんだって」と言う道を通って、少し広い広場のベンチに座った。妹はまだ落ち着かないみたいで、ちょこまかと動き回っている。
「灯り、まだ咲かないの?」
「まだ明るいからね。日が落ちる頃じゃないと」
お父さんが笑ってそう言った。
* * *
あたりがオレンジ色に変わってきたころ、風がひゅうっと吹いて、ぼくはふと空を見上げた。
そしたら、屋根の上が少しだけ明るくなっていた。
「……あ」
声は出たけど、なんて言えばいいかわからなかった。
屋根の端っこ、ちょうど鳥が止まりそうな場所に、ぽつんと光が咲いていた。
花みたいだった。
でも、花そのものかどうかは、わからなかった。
けど、「あれだ」と思った。
灯りの花。たぶん、あれがそう。
「咲いた?」
妹がすぐに聞いてきた。
「うん……たぶん」
そのあと、気づいたらあちこちに目がいった。
ベンチの下、石段の途中の小さなくぼみ。看板の裏。
そんな場所にも、いつのまにか光が灯っていた。
「わあ……!」
妹の声がふわっと広がる。
ぼくはそれにうなずくだけで、なにも言えなかった。
* * *
広場の向こうには、人がたくさん集まっている場所もあった。
「こっちが一番たくさん咲くんだって」
お母さんが言って、ぼくたちを誘ったけど、ぼくはベンチに残った。たくさん咲いてるところよりも、あまり気づかれてないところの方が好きだったから。
木の根元。郵便箱の陰。さっきの石段のくぼみ。
少しずつ咲いていく。音もなく、誰に言うでもなく。
でも、そこにあるだけで、まわりの空気が変わるような気がした。
「お兄ちゃん、ここにも咲いてるよ!」
妹がうれしそうに手をふってくる。ぼくはうなずいて、小さく手を振り返した。
そのあと、お父さんとお母さんも戻ってきて、みんなで並んでベンチに座った。
* * *
「すごいね」
お母さんが言った。
「うん」
「どうして咲くのかな?」
「わかんない」
「『どうして咲くの?』って聞かれても、うまく言えないよね」
お父さんがそう言って笑った。
うん、うまく言えない。
でもね、お父さん。
灯りの花は、誰かに見てもらいたくて咲くんじゃない。
ただそこにいて、誰かが気づいてくれるのを待ってるだけなんじゃないかな。
だから、目立たない場所に咲いたのを見つけると、見つけた人の心にも、そっと光が灯る。
そんな気がした。
* * *
いつのまにか、空は夜の色になっていた。
町がやさしい光で染まっている。
全部見ようとしても見きれないくらい、いっぱい咲いていた。
でも、ぜんぶがちがってて、ぜんぶがすてきだった。
ぼくは、この町が好きになった。
「また来たい」
それは自然に出た言葉だった。誰かに言ったわけじゃない。でも、ちゃんと声に出ていた。
「……うん。また来よう」
お父さんがそう言った。
「来年も来ようよ!」
妹が言った。
ぼくはそれを聞いて、うれしくなって、ちょっとだけ泣きそうになった。
「……大きくなったら、住んでもいいかも」
そう言ったら、お母さんが笑った。
* * *
ぼくはもう一度だけ、空を見上げた。
空には星、町には灯りの花。
この町には、きっとまた来る。そう思った。
誰かが気づいてくれるのを、
静かに待っている光のようなお話を。
また、この町のどこかで。




