灯りのあとで
マルグ市の朝は、まだ眠っている。
街路の隅に、昨夜の名残が転がっている。
紙袋、花びら、灯りの痕。
風が通るたび、どれもが「昨日のまま」ではいられなくなる。
俺は、それを片付ける仕事をしている。
清掃員。散らばる名残を清く掃き集める人。
誰に話しかけるでもなく、誰に見られるでもなく。
それでも、俺はこの町が好きだ。
* * *
今日もいつもと同じ時間に起きた。
空は白んできているけれど、太陽はまだ。
町もまだ眠っている。
道具を積んだ台車を引いて、舗道に出る。
石畳が朝露をはじいていて、靴が濡れる。
灯りの花の光は、もうすっかり薄れていた。
昨日の夜、あんなに咲き誇っていたのに。
「夜の町は派手すぎるんだよ」
そう誰かが言ってた。
でも俺は、咲いたあとの町のほうが好きだ。
薄明かりが残る町並みが、少しさみしくて、ちょっと汚れてて、それでもどこか優しい。
──ああ、ここに人がいたんだな。
それが、わかる町。
* * *
パン屋の角を曲がると、噴水のそばに紙袋が落ちていた。
花を包んでいたらしい薄紙が、風でカサカサと舞っている。
俺はそれを拾いながら、昨日の灯りの花を思い出す。
「咲いてたねぇ」と、年配の女性が言ってた。
「撮るなら今よ」と、誰かが走ってた。
誰かが笑って、誰かが立ち止まって、誰かが泣いていたかもしれない。
そういう顔は全部、灯りの中に消えてしまって、
今ここには、花びらの灯す光は残っていない。
でも俺は、思う。
たぶん、灯りの町っていうのは、咲いてる時間だけが“本番”じゃない。
咲いたあとの静けさも、
誰もいなくなった朝の音も、
なんとなく歩いた自分の靴の跡も。
そのぜんぶが、
この町の「灯り」ってやつの、かたちなんじゃないかって。
* * *
掃き終えた歩道に、誰かの足音がした。
振り返ると、見覚えのない顔の女の子がいた。
たぶん新入りだ。
目が合うと、ぎこちなく会釈された。
俺も、ほとんど無意識にうなずき返していた。
彼女の歩いたあとは、まだ汚れていなかった。
──いいな、とちょっと思った。
ああやって、ただ歩くだけで“今の町”を記憶にしていけるなんて。
でも、それも最初だけだ。
そのうち、灯りを追いかける日々が始まる。
そして、追いつけなくなる夜も、ある。
だからこそ。
だから、
灯りの花が咲く時間じゃないときに、
俺は町にいるのかもしれない。
そう思ったら、今朝の風が少しだけ、胸の奥まで入ってきた。
* * *
台車を押して戻る途中、さっきの女の子が角で振り返った。
何か言いかけて、やめたみたいだった。
言葉はなかったけど、なんとなくわかった気がした。
たぶん「おはよう」とか、そんなの。
町が、また目を覚まし始めている。
──今夜も、咲くのかな。
俺はそうつぶやいて、最後の角を曲がった。
灯りの町で過ごす人は、灯りが咲く夜ばかりを見ているわけではありません。
そのあとの静けさを、好きだと思う人も、きっといるはずです。
そんな朝の町で、誰かがすれ違ったお話でした。
また、この町のどこかで。




