表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

灯りのあとで

マルグ市の朝は、まだ眠っている。


街路の隅に、昨夜の名残が転がっている。

紙袋、花びら、灯りの痕。

風が通るたび、どれもが「昨日のまま」ではいられなくなる。


俺は、それを片付ける仕事をしている。

清掃員。散らばる名残を清く掃き集める人。

誰に話しかけるでもなく、誰に見られるでもなく。


それでも、俺はこの町が好きだ。


* * *


今日もいつもと同じ時間に起きた。

空は白んできているけれど、太陽はまだ。

町もまだ眠っている。


道具を積んだ台車を引いて、舗道に出る。

石畳が朝露をはじいていて、靴が濡れる。


灯りの花の光は、もうすっかり薄れていた。

昨日の夜、あんなに咲き誇っていたのに。


「夜の町は派手すぎるんだよ」

そう誰かが言ってた。

でも俺は、咲いたあとの町のほうが好きだ。

薄明かりが残る町並みが、少しさみしくて、ちょっと汚れてて、それでもどこか優しい。


──ああ、ここに人がいたんだな。


それが、わかる町。


* * *


パン屋の角を曲がると、噴水のそばに紙袋が落ちていた。

花を包んでいたらしい薄紙が、風でカサカサと舞っている。


俺はそれを拾いながら、昨日の灯りの花を思い出す。


「咲いてたねぇ」と、年配の女性が言ってた。

「撮るなら今よ」と、誰かが走ってた。

誰かが笑って、誰かが立ち止まって、誰かが泣いていたかもしれない。


そういう顔は全部、灯りの中に消えてしまって、

今ここには、花びらの灯す光は残っていない。


でも俺は、思う。


たぶん、灯りの町っていうのは、咲いてる時間だけが“本番”じゃない。


咲いたあとの静けさも、

誰もいなくなった朝の音も、

なんとなく歩いた自分の靴の跡も。


そのぜんぶが、

この町の「灯り」ってやつの、かたちなんじゃないかって。


* * *


掃き終えた歩道に、誰かの足音がした。


振り返ると、見覚えのない顔の女の子がいた。

たぶん新入りだ。


目が合うと、ぎこちなく会釈された。

俺も、ほとんど無意識にうなずき返していた。


彼女の歩いたあとは、まだ汚れていなかった。


──いいな、とちょっと思った。

ああやって、ただ歩くだけで“今の町”を記憶にしていけるなんて。


でも、それも最初だけだ。

そのうち、灯りを追いかける日々が始まる。

そして、追いつけなくなる夜も、ある。


だからこそ。


だから、

灯りの花が咲く時間じゃないときに、

俺は町にいるのかもしれない。


そう思ったら、今朝の風が少しだけ、胸の奥まで入ってきた。


* * *


台車を押して戻る途中、さっきの女の子が角で振り返った。

何か言いかけて、やめたみたいだった。


言葉はなかったけど、なんとなくわかった気がした。


たぶん「おはよう」とか、そんなの。


町が、また目を覚まし始めている。


──今夜も、咲くのかな。


俺はそうつぶやいて、最後の角を曲がった。

灯りの町で過ごす人は、灯りが咲く夜ばかりを見ているわけではありません。

そのあとの静けさを、好きだと思う人も、きっといるはずです。


そんな朝の町で、誰かがすれ違ったお話でした。


また、この町のどこかで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ