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第96話 港湾決戦・開幕

 夜明けの水平線が赤く染まり、港町アルディナを覆うように帝国艦隊が迫っていた。

 十隻を超える武装ガレー船が波を割り、黒き帆に掲げられた帝国の紋章が朝日に光る。

 艦首には鎖に繋がれた人魚奴隷が並べられ、その歌声が強制的に魔法陣へと転じられていた。


「……来たな」

 カイが拳を握り、紅と蒼の瞳を細める。


 その背後で、海がざわめいた。

 隠れ里から姿を現した人魚族の戦士たちが浮上する。

 セレナのように優雅な者ばかりではない。


 鋭い背鰭を持ち、獰猛な牙を剥くサメ人魚族。

 八本の触腕を自在に操るタコ人魚族。

 半透明の体で光を散らし、幻惑を生むクラゲ人魚族。

 厚い甲殻と巨大な鋏を誇るカニ人魚族。


 彼らはいずれも二~三メートルを超える巨躯を持ち、まるで海そのものが形を取ったようだった。


「これが……人魚族の本当の姿か」

 オルドが低く唸り、戦鎚を構える。


 その時、セレナが胸に手を当て、瞳を閉じた。

 澄んだ旋律が海に響き渡る。

 《蒼潮詠歌アクア・セレナーデ》――

 青の波紋が仲間たちを包み、体を軽く、心を強くする。


 だが、それだけではなかった。


 別の方向からも声が重なる。

 深みからはサメ人魚の低い詠唱が、岩場からはクラゲ人魚の透き通るような歌が、さらにタコやカニ人魚の力強い声が次々と水を震わせた。


 水流を伝い、それぞれの旋律が共鳴する。

 音は重なり合い、やがて一つの壮大な合唱へと変わった。


 ――海そのものが歌っているかのように。


「すげぇ……声が……体の芯まで響く……!」

 カイの拳に力が漲り、紅と蒼の瞳が一層輝いた。


「歌の調和……これが人魚族の真価なのね」

 フィオナの声にも驚きと敬意が滲む。


 セレナは目を開き、微笑んだ。

「……そう。歌は一人ではなく、みんなで響かせるもの」


 その時、帝国艦隊から轟音が響いた。

 巨大な弩から放たれた炎の矢が空を覆い、海面を爆ぜさせる。


「撃てぇぇぇッ! 人魚どもを沈めろ!」


 炎と光が海を裂き、戦いの幕が切って落とされた。


 カイは翼を広げ、海上へ飛び出す。

「よし……行くぞ! この歌と共に、帝国を止める!」

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