第94話 迫る艦影
静かな海底の隠れ里。
カイたちはしばしの安らぎを得ていたが、その空気を切り裂くように緊急の報せが飛び込んできた。
「たいへんだ! 帝国の艦隊が……こっちに向かっている!」
若い人魚の斥候が水泡をまといながら駆け込んできた。
その顔は蒼白で、尾びれが恐怖に震えている。
「数は?」
フィオナが冷静に問う。
「十隻以上……! 全部が武装ガレー船です! しかも人魚奴隷を積んで、歌を無理やり使って海を従わせています!」
場に緊張が走った。
オルドは低く唸り、戦鎚を握り直す。
「奴ら……歌を完全に兵器にしてやがるのか」
セレナは唇を噛み、悔しさに瞳を潤ませた。
「同胞が……また利用されている……!」
カイは拳を握りしめ、紅と蒼の瞳を燃やした。
「帝国め……ここまで来るとはな」
長老が口を開く。
「敵の指揮官は――ドラゴスに違いない。奴が自ら動いたのだろう」
その名に、人魚たちは一斉に息を呑んだ。
セレナも肩を震わせる。
「……彼が……」
カイは仲間たちを見渡し、力強く言い放った。
「逃げるわけにはいかない。この隠れ里も、仲間も、絶対に守る」
フィオナが頷き、杖を掲げる。
「ならば迎え撃ちましょう。潮の流れも、海の地形も、この里を知る者たちの方が有利よ」
オルドは笑い、戦鎚を肩に担ぐ。
「上等だ。鍛冶街を守った時と同じだ……いや、それ以上に派手にやってやろう」
セレナは胸に手を当て、震える声で呟いた。
「……怖い。でも……今度は私も歌います。もう誰も奪わせない」
紅と蒼、翠と蒼碧――仲間の瞳が一つの光を宿す。
海は荒れ始め、波の向こうに黒き艦影が迫っていた。




