第92話 訓練と調律
隠れ里の外れ、穏やかな入り江。
陽光が海面を照らし、波がゆるやかに揺れている。
そこは人魚族がかつて練習場として用いていた場所で、今はセレナの訓練の場となっていた。
「歌を魔力に変える……理屈は理解できているのね」
フィオナが杖を手に、冷静に観察する。
「ええ。でも……私は捕らえられてから、ずっと歌を封じられていました。
だから声を出すことが怖いんです」
セレナは胸に手を当て、小さく息を吐いた。
カイが一歩前に出る。
「大丈夫だ。俺たちがいる。何があっても守るから、思い切り歌ってみろ」
その言葉に背を押され、セレナは瞳を閉じる。
水面が静まり返り、やがて澄んだ旋律が響き始めた。
「――《蒼潮詠歌》」
青い波紋が広がり、仲間たちを包む。
カイの拳に力が宿り、オルドの体の傷が癒え、フィオナの魔力が澄んでいく。
「おお……体が軽いぞ!」
オルドが驚き、拳を握りしめる。
「こいつは戦場で役立つどころじゃねぇ!」
「回復だけじゃない……魔力循環を最適化してる。これなら長期戦でも支えになるわね」
フィオナの分析に、セレナは安堵の笑みを浮かべた。
だが次の瞬間、波が乱れ、彼女の声が途切れた。
水面が暴発し、小さな水柱が吹き上がる。
「くっ……まだ制御が……!」
セレナが肩を震わせる。
カイは迷わず彼女の手を取った。
「大丈夫。最初から完璧なんてない。俺たちと合わせればいいんだ」
その言葉にセレナは目を見開き、やがて頷いた。
「……はい。歌は一人で紡ぐものじゃない。仲間と調律するもの……」
再び旋律が響く。
今度はカイの拳の振りと、オルドの鎚の動き、フィオナの詠唱と見事に噛み合い、波紋は美しい調和を描いた。
「これなら……きっと戦える!」
セレナは息を弾ませ、しかし誇らしげに微笑んだ。
その姿に、カイもまた力強く頷く。
「よし……これで本当の仲間だ」
入り江に響く歌は、もう恐怖のものではなかった。




