第90話 人魚たちの嘆き
人魚族の隠れ里。
青白いサンゴの光に照らされた広間で、一行は長老と人魚たちの話を聞いていた。
海水に身を沈めた彼らの姿は痛々しかった。
鱗の欠けた者、尾びれを裂かれた者、声を封じられ沈黙する者――。
誰もが帝国の「人魚狩り」の犠牲者だった。
「……帝国は、なぜここまで執拗に人魚を狙うんだ?」
カイが低い声で問う。
長老は深く息を吐き、瞳を閉じた。
「人魚の歌には……潮を動かし、風を導く力がある。
古来よりそれは、海を渡る者たちを導き、嵐を鎮める祈りの歌でもあった」
「だが帝国はそれを……兵器とした」
フィオナが唇を噛み、言葉を継ぐ。
「そうだ」
長老は苦渋に満ちた声で頷く。
「捕らえられた同胞は鎖につながれ、その歌を無理やり搾り取られる。
その歌声を利用して、帝国は艦隊を嵐の中でも動かし、敵船を沈めるのだ」
沈黙が広間を覆った。
オルドが拳を握り、低く唸る。
「人の歌を……心を……鎖で縛って戦に使うとは……外道め」
セレナは肩を震わせ、悔しさに瞳を潤ませていた。
「私も……“歌”を恐れられました。捕らえられた時、兵たちは言いました。
――『提督が求めているのは、お前の声だ』と」
その言葉に、カイが顔を上げた。
「提督……?」
長老は深く頷いた。
「帝国海軍を統べる男……“海の覇者”と呼ばれる提督――ドラゴス」
その名が広間に落とされた瞬間、緊張が走った。
水面がわずかに震え、人魚たちの瞳には恐怖が浮かぶ。
「奴は残忍で冷酷。人魚を“海の呪い”と呼び、徹底的に狩り立てる。
セレナを捕らえたのも奴の命だろう」
カイは拳を握りしめ、紅と蒼の瞳を燃やした。
「ドラゴス……! 必ず奴を倒して、人魚の歌を自由にする」




