第86話 檻舟の解放
夕刻、港町アルディナの広場には人だかりができていた。
帝国兵が鎖に繋がれた人魚を檻舟から引きずり出し、見世物として群衆の前に晒していた。
その中心にいたのは――セレナ。
首には《禁声封呪環》が嵌められ、かすかに光を放っている。
彼女は声を奪われ、俯いたまま冷たい石畳に膝をついていた。
「見ろ! これが帝国の誇る“戦利品”だ!」
兵士の一人が嘲笑をあげる。
「反抗すれば歌を奪われ、鎖に繋がれる。これが異種族の末路よ!」
人々は沈黙したまま。恐怖が声を塞ぎ、誰も目を合わせようとはしなかった。
――その時。
「随分と楽しそうじゃねぇか!」
広場の端から豪快な声が響いた。
オルドが戦鎚を肩に担ぎ、群衆をかき分けて現れる。
「な、何者だ!?」
兵士たちが慌てて槍を構える。
「俺はただのドワーフだ。だがな――鎖を見るのは癪なんでな!」
オルドが戦鎚を地に叩きつけた瞬間、石畳が砕け、砂煙が舞い上がった。
「出番だ、カイ!」
「おおおおッ!」
カイが拳を振り抜き、兵士の盾を吹き飛ばす。
群衆が悲鳴を上げるが、それは陽動の合図でもあった。
その裏で、フィオナが杖を掲げ、静かに魔法陣を展開する。
「――《解析紋理》」
緑の光が封呪環を走り抜け、複雑な魔術式を浮かび上がらせる。
(……これが首輪の仕組み。発動条件は……外部からの衝撃か……なら、術式を逆転させれば……!)
汗を浮かべながら、彼女は魔力を流し込む。
光が弾け、金属の環が軋みを上げる。
セレナの瞳がかすかに揺れた。
その奥には、希望の光が灯り始めていた。
「持ちこたえて……もう少しよ!」
フィオナが叫ぶ。
カイは拳を振り抜き、迫る兵士を次々と薙ぎ倒した。
「絶対に助ける……! お前を、自由にする!」
次の瞬間、封呪環が砕け散り、光が宙に溶けた。
セレナは驚いたように息を呑み、そして――初めて声を放った。
それは涙の混じる、美しい響き。
「……たすけて……くれて……ありがとう……!」
その声に、広場は揺れた。
鎖を断ち切られた人魚の歌が、港町に解放の旋律を響かせたのだ。




