第82話 時の隔たり
鍛冶街を後にして数日。
山を下り、湿地帯を越え、港町アルディナへ向かう道を進んでいた。
途中の森を歩いていた時、群れを成す魔獣が道を塞いだ。
「またか……!」
カイが拳を構える。
だがフィオナが一歩前へ出て、蒼樹律杖を地に突き立てた。
「待ちなさい、力ずくで押し切るのは得策じゃないわ」
彼女の冷静な声に、カイは思わず動きを止める。
「この魔獣は群れの習性が強い。統率を崩せば散るはず」
杖先に緑の魔法陣を浮かべ、彼女は淡々と説明する。
「火や雷で牽制するより、光で目を奪って群れの輪を崩す――」
「――《万象律詠》」
虹色の光線が扇状に広がり、魔獣たちの視界を焼いた。
統率を失った群れは散り散りに逃げ去り、道は開けた。
「……なるほどな」
オルドが顎鬚を撫でる。
「力任せではなく、理屈で戦場を制する……さすが長命種の知恵だ」
カイは拳を下ろし、苦笑した。
「俺、また突っ走るところだった……」
フィオナは冷ややかに微笑む。
「あなたはそれでいいの。でも時には“頭”で戦うことも覚えて」
その姿は、かつての奴隷の少女ではなく、冷静沈着で知識に満ちた理論派の魔導士――本来のフィオナだった。
その夜、森の中で一行は焚き火を囲んで休んでいた。
火の揺らめきの中で、フィオナとオルドの会話が静かに続いていた。
「人間族は短命だ。あっという間に老い、あっという間に消える」
オルドは戦鎚を磨きながら呟いた。
「俺やフィオナのように百年二百年を生きる種族からすれば……その命は瞬きに等しい」
フィオナは小さく頷いた。
「ええ。だからこそ彼らは、燃え尽きるように生きるのかもしれない」
その言葉に、カイは苦笑した。
「なんだよ、まるで俺がすぐ死ぬみたいな言い方だな」
「事実よ」
フィオナの声は冷ややかだが、そこには揺らぎがあった。
「だからこそ……あなたの一瞬一瞬を、無駄にしてほしくない」
オルドも低く唸る。
「若造。俺たちはお前の生を見届けられるかもしれん。だが、お前が俺たちのすべてを見届けることはできん。
その差を、忘れるな」
カイは黙って拳を握った。
確かに二人とは違う。だが――だからこそ。
「俺は俺の時間で、全力で生きる。
短いなら短いなりに、仲間を守る力に変えてみせる」
焚き火の光に照らされた紅と蒼の瞳は、迷いなく輝いていた。
フィオナは少しだけ目を伏せ、そして小さく笑った。
「……そう。それがあなたの強さなのね」
その夜、三人の間に生まれた静かな“時の隔たり”は、確かに埋まり始めていた。




