第79話 精霊の秘薬
戦いが終わった翌日。
鍛冶街の一室で、カイは寝台に伏していた。
《混血顕現》を二重に重ねた反動は深刻で、体は鉛のように重く、全身が裂けるように痛んでいた。
そこへ精霊族の長老が現れ、両手に淡い光を宿した瓶を捧げ持ってきた。
瓶の中には青と紅が混ざり合う液体が渦を巻き、見る者の心を圧倒する力を放っていた。
「……これは《神罰逆解薬》」
長老の声が低く響く。
「古き精霊の加護と呪詛を併せ持つ秘薬だ。飲めばどんな傷も癒える。だが代償は――丸一日、死を超える苦痛に苛まれることになる」
オルドが腕を組み、低く唸る。
「普通なら耐えられんぞ……」
フィオナも険しい表情で言葉を重ねた。
「でも……今のカイには必要よ。これから帝国と戦うために……」
カイは震える手で瓶を受け取った。
「……大丈夫だ。もう二度と、誰も守れないなんて言いたくない」
そう言って、一息に飲み干した。
――次の瞬間、地獄が始まった。
全身の血が逆流し、内臓が焼け爛れるような激痛が走る。
骨が砕け、筋肉が引き裂かれる錯覚。
脳を貫く激痛は意識を粉々に砕こうとした。
「ぐっ……あああああああッ!!」
寝台の上でカイが絶叫する。
オルドもフィオナも、ただ彼の手を握り、見守るしかなかった。
やがて意識は深淵へと沈み――カイは夢の中にいた。
白い光に包まれた草原。
そこに立っていたのは、かつて共に旅をした少女――アリシアだった。
「カイ……」
彼女は微笑んでいた。
「まだ……倒れるわけにはいかないでしょう?」
「アリシア……!」
カイは涙を流し、膝をついた。
「俺は……俺はもう、誰も守れないんじゃないかって……」
「いいえ」
アリシアは優しく首を振る。
「あなたは守ったわ。私のことも、仲間のことも。だから――これからも守り続けて」
その声は暖かく、痛みを和らげるようだった。
カイは涙を拭い、立ち上がった。
「……ああ。約束する。俺はもう二度と、仲間を失わせない」
現実に戻ったとき、夜明けの光が差し込んでいた。
汗に濡れた体は嘘のように軽く、全ての傷は癒えていた。
フィオナが驚きの声を上げる。
「……本当に、傷が消えている……!」
オルドも目を細め、笑みを浮かべた。
「地獄の苦痛を超えて戻ってきたか……さすがだな、若造」
カイは深く息を吐き、力強く拳を握った。
「アリシア……みんな……ありがとう。これで次の戦いへ進める」
その瞳には、再び揺るぎない光が宿っていた。




