第6話 侯爵の真の力
炎の檻が切り裂かれた瞬間、地下実験室の空気が震えた。
怒りに顔を歪めたタルフ侯は、金杯を叩き割り、床に血混じりの酒を撒き散らす。
「……小僧……女ァ……! 貴様らに金と労力を踏みにじられて、黙っていると思うか!」
侯爵の背後に、巨大な魔法陣が展開した。
円環の中で紅蓮が渦を巻き、獣の咆哮が響く。
「燃えろ! 喰らえ! ――《炎獄魔獣》!!」
轟音と共に、炎でできた巨犬が現れた。
全長五メートル、灼熱の牙から滴るのは溶岩そのもの。
地面を踏みしめるたび、石床が融けて崩れていく。
「ひっ……!」
アリシアの頬に汗が流れる。
呪剣を構える腕が震えていた。
炎の巨犬は咆哮と共に突進する。
灼熱の息吹が走り、壁ごと敵味方を焼き尽くさんと迫る。
「カイ、避けて!」
「いや……オレが行く!」
少年の瞳が赤と蒼に点滅する。
暴走しかけた力が、拳に収束する。
「うおおおおおッ!!」
巨犬の牙と、カイの小さな拳がぶつかり合う。
衝撃で床が爆ぜ、火花と石片が飛び散る。
だが力は拮抗せず、カイは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「がはっ……!」
血を吐くカイ。
「カイ!」
アリシアが叫び、短剣を振るう。
《血契呪剣》の赤黒い斬撃が巨犬の足を裂き、巨体が一瞬ぐらつく。
「小癪なッ!」
侯爵が吠える。さらに魔法陣が増殖し、巨犬が三体に分かれた。
灼熱の魔獣たちが、狭い地下を地獄へ変える。
汗と血にまみれたカイとアリシアは、背を合わせた。
「……アリシア、オレ……もう一度やる」
「ええ。あなたが前を切り開くなら、私が後ろを守る」
二人の呼吸が、初めてひとつに重なった
――絶望を打ち破るために。




