第4話 炎獄の侯爵タルフ
轟音と共に石壁が砕け、紅蓮の炎が地下を覆った。
現れたのは、肥え太った体に金銀宝飾を飾り立てた男。
ヴァイス公国辺境領主――タルフ侯である。
「……やはり“生き残り”が出たか。忌々しい」
その声は低く、だが耳障りなほどに傲慢だった。
侯爵はゆったりと歩み出る。背後には魔導鎧に身を固めた近衛兵。
だが何より圧を放っていたのは、彼自身が纏う魔炎だった。
「奴隷は財産、家畜と同じ。だが……お前は“逸品”だ」
侯爵の目がカイを舐めるように眺める。
「市場に流せば王国の金庫が空になる。だがその前に……躾が必要だなァ!」
床に魔法陣が展開する。
赤黒い鎖が浮かび上がり、炎をまとって暴れ出す。
「――《焔鎖牢獄》ッ!!」
轟然と迸る火鎖が、四方からカイとアリシアを包囲した。
空気は焼け、皮膚がひりつく。
炎の檻は逃げ場を与えず、じりじりと迫ってくる。
「どうした? その程度で膝を折るか! 貴様らは燃やされて価値がある!」
侯爵は嗤い、金杯の酒を煽った。
アリシアは短剣を握りしめ、鎖に向かって飛びかかる。
「カイ! 怯むな!」
赤黒い刃が鎖を裂くも、すぐに炎で再生する。
「ちっ……! これでは……」
カイは唇を噛み、燃え盛る鎖を睨んだ。
背中の未熟な翼が震え、胸に刻まれた魔法陣が脈動する。
「……オレは、逃げない……ッ!」
子供の声とは思えぬ咆哮が響いた。
その瞬間、カイの血が逆流し、瞳が紅と蒼に交互に輝いた。
「――《暴走解放》ッ!!」
衝撃波が地下を揺らし、火鎖が軋む。
侯爵の顔に初めて、わずかな驚きが走った。
「ほう……これは面白い。高値がつくぞ……ッ!」
炎と鎖と暴走の力がぶつかり合い、地下は灼熱の地獄と化した。




