第38話 フィオナの影
その夜、一行は森の奥で焚き火を囲んで休んでいた。
皆が疲れ果て眠りにつく中、フィオナだけは浅い眠りに沈んでいた。
――夢を見ていた。
暗い牢屋の中、鉄の鎖に繋がれた自分。
耳を引っ張られ、髪を掴まれ、冷たい視線で「高値で売れる」と値踏みされる。
同じ牢で泣き叫ぶ子供の声を聞きながら、ただ目を閉じて震えるしかなかった。
「私は……人形……。
笑うことも、怒ることも……許されない……」
その囁きが夢の中で響いた瞬間、フィオナははっと目を開いた。
体は汗で濡れ、呼吸は乱れている。
隣で眠る仲間たちを起こさぬように、彼女は焚き火の傍に移動した。
炎の赤に照らされながら、細い肩を抱きしめる。
震えが止まらない。
「……大丈夫?」
声に振り返ると、そこには目を覚ましていたカイが立っていた。
少年の蒼と紅の瞳が、心配そうに揺れている。
「……また夢を見たの。
鎖につながれて、声を出すことも許されなかった頃の……」
かすれる声で告げるフィオナ。
その表情には、まだ深い影が残っていた。
カイは焚き火の前に座り、彼女の隣に腰を下ろした。
そして短く言った。
「……オレも同じだった」
フィオナが目を見開く。
「オレも鎖につながれて、声を奪われて……“物”として扱われてた。
だから、わかる。あの時の恐怖も……心の奥に残ったままの痛みも」
カイの声は震えていなかった。
それは同じ傷を背負った者だからこその、真っ直ぐな強さだった。
「でも、フィオナはここにいる。
もう奴隷じゃない。オレたちの仲間だ」
その言葉に、フィオナの目から涙が零れ落ちた。
彼女は嗚咽を押し殺しながら、小さく呟いた。
「……仲間……」
その響きが、彼女の心に確かに灯をともした。




