第37話 森の夜明け
木々の隙間から朝日が差し込み、森が淡い金色に染まっていた。
夜を駆け抜けた一行は、ようやく小さな沢のほとりに辿り着く。
水音が心地よく響き、追手の気配は遠ざかっていた。
「はぁ……はぁ……助かった……のか」
ディランが大きく息を吐き、地面にへたり込む。
ハルドは冷静に周囲を見回し、低く言った。
「足跡は沢に流された。今は安全だろう」
奴隷たちは木陰に身を寄せ、疲れ果てた体を休めた。
母は子を抱きしめ、老人は安堵のため息をつく。
誰もが夜明けを信じられないように、ただ空を見上げていた。
カイもまた、肩で息をしながら仲間たちを見渡した。
命を繋いだ――それだけで胸が熱くなる。
その時、少し離れた岩に腰掛けていたフィオナが、弓を抱えたまま俯いていた。
長い銀髪が朝日に照らされて光るが、その瞳は影を落としている。
「フィオナ……大丈夫か?」
カイが声をかけると、彼女は小さく首を振った。
「……私、何もできなかった。
戦ってるみんなを見てるだけで……足がすくんで、体が動かなくて……」
言葉を絞り出す声は震えていた。
奴隷として過ごした年月が、彼女から“自分を信じる力”を奪っていた。
カイは少し考えてから、静かに言った。
「でも……フィオナは逃げなかった。
怖くても、みんなと一緒にここまで走った。それだけで……オレはすごいと思う」
「……すごい?」
フィオナは目を瞬き、カイを見た。
「うん。オレだって怖かった。
でも、“一緒にいる”って思えたから走れたんだ」
その言葉に、フィオナの胸が少しだけ温かくなった。
奴隷として「ただ生かされてきた」日々にはなかった感情。
それがじんわりと広がっていく。
「……ありがとう、カイ」
彼女はかすかに笑った。




