第36話 森を駆ける影
角笛の音が夜明けの森を震わせた。
木々の間に松明の光が揺れ、鎧のきしむ音が次第に近づいてくる。
「追いつかれる前に抜け道を探せ!」
カイが叫ぶと、すかさずハルドが前に出た。
魚鱗族特有の鋭い嗅覚で、湿った風を嗅ぎ取る。
「北側だ。沢に出る水音がする。そこなら足跡が消える」
「よし、そっちへ!」
一行は必死に駆け出した。
だが、逃走の中で子供を抱えた母がつまずき、倒れ込む。
「来るなぁぁッ!」
その隙を突いて、兵士が槍を構えて迫った。
瞬間、灰色の影が飛び出す。
ディランだった。
「させるかよォッ!」
狼人族の俊敏な動きで兵士に体当たりし、槍を弾き飛ばす。
爪を伸ばした拳で顔面を殴り飛ばし、兵士を地面に叩きつけた。
「今だ、走れ!」
母子を庇い、荒い息で叫ぶディラン。
臆病なはずの彼が、その場で真正面から敵を止めていた。
「……やるな」
ハルドが短く言い、側面の木々を蹴って枝を揺らす。
その拍子に、追っていた兵士たちが倒れ込んだ。
「地形は味方する。急げ!」
奴隷たちは恐怖に駆られながらも、仲間たちの勇気に背を押されて走り抜ける。
先頭を走るカイが振り返り、拳を握った。
「ありがとう、ディラン! ハルド!」
二人は言葉を返さず、ただ頷いた。
夜明けの森に足音が重なり、隊列は影のように駆け抜けていった。




