第35話 迫る追手
夜明け前、焚き火は小さくなり、灰が白く積もっていた。
カイは眠れず、ひとり火の番をしていた。
背後で寝息を立てる仲間たちを見つめながら、拳を握る。
――アリシアなら、どうしてただろう。
胸に浮かぶ影に、思わず視線を落とした。
「眠れないの?」
静かな声が耳に届き、カイは顔を上げる。
フィオナが火の明かりに照らされ、弓を抱えながら座っていた。
長い銀髪が炎に揺れ、瞳はどこか怯えを隠していた。
「……フィオナこそ」
「私も。眠るのが……怖いから」
囁くような声。
彼女にとって“眠る”ことは、“再び目を覚ましたときに鎖につながれている”悪夢の連続だった。
カイは黙ってうなずき、少しだけ焚き火をかき回した。
火の粉が舞い上がり、ふたりの影を長く伸ばす。
「……オレ、強くならなきゃって思ってる」
「どうして?」
「アリシアを守れなかったから。……同じことはもう絶対に繰り返さない」
言葉を絞り出すカイを、フィオナはじっと見つめた。
やがて、わずかに微笑む。
「強くなりたいって思えるなら……きっと大丈夫。
だって、私には……まだ怖くて、前を見られないから」
その声は震えていた。だが、その弱さを初めて人に見せた瞬間でもあった。
カイは拳を緩め、短く言った。
「……オレがいる。だから、一緒に前を見よう」
その言葉に、フィオナの肩が小さく震えた。
彼女はただ、焚き火を見つめながら小さく頷いた。
――その静けさを破るように、遠くで角笛の音が響いた。
「っ……!」
フィオナが顔を上げる。
カイは立ち上がり、森の奥を睨んだ。
兵士たちの松明の光が、木々の間で瞬いている。
「追手だ……!」
焚き火の輪は、一瞬で緊張に包まれた。




