第28話 追われる者たち
アリシアの亡骸を前に、地下水路は沈黙に包まれていた。
泣きじゃくる奴隷の子供の声だけが、冷たい水音に混じって響く。
カイは涙を拭わずに、その小さな拳を握りしめた。
震える体に宿るのは、悲しみと怒り、そして――強烈な誓い。
「……オレがやる。アリシアの分まで。
オレは……絶対に、奴隷を解放する“解放者”になる」
その声は幼いながらも、鋼のように固かった。
奴隷たちはその言葉に縋るように涙を拭き、わずかに頷いた。
だが、彼らの逃亡はまだ終わっていない。
地上では既に、四大国を揺るがす報せが広まっていた。
◆
アルヴァン王国王都。
大理石の玉座に腰掛ける国王は、青ざめた顔で報告を受けていた。
「……ヴァイス侯が討たれただと?」
「はっ。討ったのは混血の子と、解放された奴隷たちとのこと」
「反乱か……いや、これは火種だ。奴隷制度そのものを揺るがすぞ」
国王の拳が玉座を叩き、重い音が響く。
「すぐに軍を動かせ。芽のうちに摘み取れ!」
ガルディア帝国。
鉄血の皇帝と呼ばれる男は、血の酒を杯に注ぎながら嗤った。
「面白い。人間が作った鎖を、奴隷が断ち切ったか。
……だが、奴隷ごときが帝国の秩序を乱すなら、踏み潰すのみだ」
ローデン連邦。
各都市の代表者が集う議場は騒然としていた。
「奴隷解放だと!? そんな思想が広まれば我らの商業が立ち行かん!」
「連邦の繁栄を守るために、必ず抹殺せねばならん!」
そしてヴァイス公国。
侯爵を失ったその国では、貴族たちが憎悪を燃やしていた。
「混血の怪物め……我らが誇りを汚した……!」
「討伐軍を組め! 奴を捕らえて見せしめにせよ!」
四大国はそれぞれの思惑で動き始めた。
だが、その矛先はすべて一人に向かっている。
――「解放者」カイ・ノクト。




