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第230話 安らぎ

 温泉宿の大広間は、まるで戦勝祝いのような騒ぎだった。

 ライオネルとオルドが酒樽を抱え、ミラとエステルが歌合戦を繰り広げ、セレナが「もう少し落ち着いて」と言いながらも結局一緒に笑っている。

 フィオナは呆れ顔で皆を見つめながらも、頬を紅潮させて楽しそうに杯を傾けていた。


 そんな喧噪の片隅。

 カイは一人、壁にもたれかかりながら外の夜空を見上げていた。


「……疲れた顔をしているな」


 低く静かな声。振り返ると、ルカが立っていた。

 彼女は杯を持つでもなく、ただ真っ直ぐこちらへ歩み寄ってくる。


「ルカ……。いや、ちょっとな。こうしてみんなが楽しそうにしてると安心するけど、気が抜けると……なんか急に、力が抜けて」

 カイは苦笑しながら言った。


 ルカは答えず、すっと隣に腰を下ろした。

 そして、大きく節くれだった手を伸ばし――カイの頭にそっと置いた。


「お、おい……」

 カイが目を丸くする。


「よく頑張ったな」

 ルカの言葉は短い。だが、その声には温かさがあった。


 大きな掌が、ゆっくりとカイの髪を撫でる。

 それは戦士の荒々しい仕草ではなく、母が子をあやすような、優しい撫で方だった。


「……なんだよ、子供扱いして」

 カイは少し頬を赤らめながら、拗ねたように言った。


「お前はまだ若い。全部を背負う必要はない」

 ルカは淡々と告げる。

「だから、こういう時ぐらいは――誰かに甘えろ」


 その言葉に、カイは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。

 まるで、ずっと忘れていた母の記憶がよみがえるように。


「……ありがとな、ルカ」

 カイはぽつりと呟き、頭を預けるように目を閉じた。


「……あぁ」

 ルカはそれ以上言葉を重ねず、ただ黙って撫で続けた。


 外では月が雲間から顔を出し、宿の大広間からは賑やかな笑い声が絶えず響いていた。

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