第2話 鎖の女
血の臭いが実験室を満たしていた。
死体の山の中で、少年――カイはゆっくりと息を吐く。
小さな胸は激しく脈打っていたが、瞳は獲物を睨む獣のように冷えていた。
「……ふ、ふざけるな……! 衛兵を呼べッ!」
侯爵タルフの声は裏返り、足は震えていた。
その時だった。
地下奥の鉄格子から、微かに女の声がした。
「……もう、やめて……」
振り向けば、闇の中で鎖に繋がれた影がひとつ。
豊かな黒髪は乱れ、透き通るような白い肌には無数の呪印が刻まれている。
紅の瞳は疲れ切ってなお、少年を真っ直ぐに見ていた。
「あなた……奴隷、なの?」
その声は、驚くほど優しかった。
カイは言葉を持たぬまま、ただ頷いた。
「そう……。私もよ。――魔人族、の奴隷」
名をアリシアという女は、鉄格子越しにかすかに微笑んだ。
鎖に繋がれたその姿は惨めであるはずなのに、不思議と母のような温もりを帯びていた。
「子供……なのに、殺してしまったのね」
カイの小さな拳を見て、アリシアは悲しげに呟く。
だが次の瞬間、背後から兵士たちが雪崩れ込んできた。
矢の雨、火炎の呪文。
「やれ! あのガキを焼き尽くせ!」
侯爵が叫ぶ。
炎が迫った瞬間、アリシアの体の呪印が赤黒く輝いた。
「来ないで……ッ!」
鎖に縛られながらも、アリシアが短剣を抜く。
刃は血に濡れ、呪いを帯びた赤黒い光を放った。
「――《血契呪剣》!」
放たれた斬撃は炎の壁を裂き、兵士たちを薙ぎ倒す。
少女のような細腕から放たれたとは思えぬ、怨念の剣閃。
カイは初めて「守られる」という感覚を知った。
女の背中に宿る覚悟と悲哀が、幼い心に焼き付いた。
「行くわよ……ここから逃げましょう」
その声に導かれ、カイは血に濡れた足で立ち上がった。




