第188話 最初の一手
ローデン連邦の市場は、朝日と同時に鐘が鳴り響くことで開かれる。
大商人も小商人も一斉に品を並べ、金貨のやり取りが始まる。
その光景を見下ろすように、カイたちは屋上の一角に身を潜めていた。
「今日の狙いは“塩”よ」
エステルが手に持った帳簿を広げ、淡々と説明する。
「塩は生活必需品。値を揺らせばすぐに民衆が動揺する。議会に圧力をかけるには最適」
「へぇ~、塩かぁ」
ミラが口を尖らせる。
「戦うのは剣じゃなくて……調味料ってわけ?」
「皮肉じゃないわ。事実よ」
エステルが冷ややかに言い返し、フィオナが苦笑する。
「方法は単純」
エステルは短銃を腰に戻し、仲間たちに指示を出した。
「裏銀行が支配している倉庫を襲撃し、在庫の“帳簿”だけを改ざんする。
塩そのものは奪わない。民衆には流れるが、議会には収益が入らないようにするの」
「つまり、見せかけの市場操作だな」
オルドが頷く。
「直接血を流さず、敵を飢えさせる……面白い」
作戦は迅速に行われた。
ライオネルとルカが前に立ち、傭兵たちを排除。
フィオナとセレナが幻惑と歌魔法で混乱を誘う。
その隙にエステルとカイが倉庫に潜入し、帳簿をすり替えた。
「……終わったわ」
エステルが微笑み、指を鳴らす。
「これで今日の市場は大荒れになる」
翌日。
市場では異常なほど塩の価格が乱高下し、商人たちは大混乱。
「裏銀行が操作しているのでは」と噂が走り、議会の一部議員が声を荒げ始めた。
「おい、もう不満が噴き出してるぞ!」
ライオネルが報告を見て笑う。
「えぇ、これが“紙の戦争”の第一歩よ」
エステルが静かに答える。
「……剣で人を斬るのは簡単だ。けど、紙で敵を揺さぶるなんて初めてだ」
カイは小さく呟いた。
「でも、確かに……これで救える人がいる」
「だから言ったでしょ。法と金を理解しなければ勝てないって」
エステルの声は皮肉げだったが、その瞳はほんの少しだけ柔らかかった。




