第183話 理論の女
連邦の喧噪に包まれた大通りを、カイたちは進んでいた。
市場には金貨の音が響き、奴隷売買の呼び声さえ混じる。
ここでは剣よりも札束のほうが強く、善悪すら数字で決められているようだった。
「……嫌な空気ね」
フィオナが冷ややかに吐き捨てる。
「人の価値を計算式でしか見ていない」
「でもさぁ、活気はあるよね!」
ミラは手を振りながら屋台を覗く。
「見てカイ! 宝石みたいなお菓子だって!」
「……ミラ、気を抜くな」
ライオネルが周囲を睨みながら言った。
「ここじゃ何を売られるか分からねぇ」
その時だった。
白銀のレイピアを腰に下げた女が、目の前に立ち塞がった。
金糸を織り込んだ上質な服を纏い、整った金髪を後ろに流した若き女性――。
「旅人風情が目立っているわね」
鋭い視線でカイたちを射抜き、彼女は冷ややかに言い放った。
「……誰だ?」
カイが問い返す。
「エステル・ローデン」
女は胸を張って名乗った。
「かつては貴族。今は法を糧とする者よ」
「ローデン……?」
オルドが目を細める。
「この連邦の中枢に連なる一族か」
「察しがいいわね」
エステルの唇が皮肉に歪む。
「聞いておきなさい。剣や魔法だけでは、この連邦を揺るがすことはできない。
ここでは“法”と“金”が絶対。
あなたたちがどれだけ強くても、法廷で罪人と裁かれれば終わりよ」
「法だと?」
ライオネルが顔をしかめる。
「理屈ばっかりで人を救えんのかよ!」
「皮肉じゃないわ。事実よ」
エステルは涼しい顔で返す。
ミラが腕を組んでにやりと笑った。
「お堅いお姉さんがもう一人増えた感じ~」
「……誰がお堅いのよ」
フィオナが睨み返す。
「私は理論的なだけ」
「えぇ、私も同じよ。ただ、私の理論はあなたより少し現実的」
エステルが言い放ち、二人の間に火花が散る。
カイは一歩前に出た。
「俺たちは力で人を救ってきた。それじゃダメだって言うのか」
エステルは彼の目を見つめ、静かに答えた。
「……悪くはない。でも不十分よ。
もし本当に救いたいなら――法の名の下に、それを“正義”にしなくてはならない」




