第178話 天空の秘湯と極楽気分
天空都市の戦いから数日。
ヴォルテクスとの死闘を制したものの、仲間たちの体も心も疲労は限界に達していた。
「ねぇ、ちょっと寄り道しない?」
そう言い出したのはミラだった。
弓を背にしながら、にかっと笑って翼を広げる。
「天空都市から少し飛んだところにさ、温泉街があるんだよ! 雲海を見下ろす露天風呂に、美食と美酒、それに歌と踊りと賭博! 休むなら今しかないって!」
「温泉街……?」
フィオナが眉をひそめる。
「戦いの最中に観光なんて――」
「お堅いなぁ、お姉さん!」
ミラが茶化すと、フィオナは「黙りなさい」と冷ややかに返す。
「……でも、休息も必要だな」
オルドが大きな顎髭を撫でた。
「武具を磨き直すにも、身体を癒やすにも丁度いい」
「そういうことだよ!」
ミラは嬉しそうに翼をばさりと広げた。
「じゃ、決まり!」
こうして一行は、天空の温泉街を目指すこととなった。
◇ ◇ ◇
雲の裂け目を縫うように進むと、岩肌から湯気を立ち上らせる街が見えてきた。
山肌に張り付くように作られた建物の数々。露天の湯船からは雲海を見下ろす絶景が広がっている。
「うわぁ……!」
セレナが感嘆の声を漏らす。
「まるで……空に浮かぶ楽園ね」
「いい匂いもする!」
ライオネルの鼻がぴくりと動く。
「湯の香りと……肉の焼ける匂いだ!」
「ふむ……悪くない」
フィオナはそっけなく言ったが、わずかに頬が緩んでいる。
宿を取った一行は、まずは温泉へ向かうことにした。
「よーし! 女子組はこっちね!」
ミラがセレナとフィオナの手を引いて浴場へ駆けていく。
「まったく……落ち着きなさい!」
フィオナが制止しようとするが、結局は一緒に連れて行かれた。
カイ、ライオネル、オルドの男組も湯殿へ。
◇ ◇ ◇
雲海を見下ろす露天風呂。
広大な湯船には、光を反射して七色に輝く温泉水が満ちていた。
「おおっ……!」
ライオネルが湯に浸かり、大きく伸びをした。
「くぅーっ! カイ、これだよこれ! 戦いの疲れが全部抜けていく!」
「確かに……気持ちいいな」
カイも肩まで浸かり、心地よい熱に目を細める。
「ふむ……悪くない湯だ。鉄分が強い。肉体の再生を促す」
オルドは湯を掬い、真剣な顔で分析していた。
「そういうときくらいは難しい顔すんなよ」
ライオネルが笑う。
「なぁカイ、こいつは絶対風呂に入っても鍛冶屋の親父なんだぜ」
カイは吹き出しそうになりながらも頷いた。
一方、女湯では――。
「やっぱり最高ー!」
ミラが湯に飛び込み、ばしゃっと水しぶきを上げた。
「ちょっ……! もう少し静かに入りなさい!」
フィオナが慌ててタオルを押さえる。
「ふふ……でも気持ちは分かるわ」
セレナは頬を赤らめながら肩まで湯に浸かり、瞳を閉じた。
「まるで歌うように身体が軽くなる……」
「セレナって、酔ったら歌い出すんでしょ? 湯でも歌っちゃえば?」
ミラがにやにやして言うと、セレナは「やめてください」と苦笑いした。
「ふぅ……でも、こうして休めるのはあなたたちのおかげね」
フィオナが小さく呟いた。
「ん? 今、感謝した?」
ミラがからかうと、フィオナはぷいと横を向いた。
「別に……当然のことを言っただけよ」
「はいはい、お堅いお姉さん♪」
「……黙りなさい」
そんな掛け合いに、セレナはくすりと笑った。
◇ ◇ ◇
夜。湯上がりに集まった仲間たちは、湯気と酒気に包まれながら笑い合った。
戦場では見せられない、素の表情。
そのひとときが、確かな絆をさらに強めていった。




