第104話 宴の海
戦いの嵐が去った海に、再び穏やかな波が戻った。
人魚族の住処では、この勝利を祝う盛大な宴が開かれていた。
珊瑚の柱に彩られた大広間、光を放つ貝殻が灯りとなり、海を泳ぐ魚たちが舞うように行き交う。
長卓には海藻や貝の実、魚介を蒸した料理が並び、海底ならではのご馳走が所狭しと盛られていた。
「こいつは……見事だな!」
オルドが大ジョッキ代わりの貝殻を掲げ、泡立つ酒を一気に飲み干した。
「ぷはーッ! ドワーフ酒にゃ負けるが、これはこれで旨ぇ!」
「食感が面白いわね。少し歯ごたえがあって……うん、悪くない」
フィオナは淡々と分析しながらも、口元に小さな笑みを浮かべている。
セレナは広間の中央で竪琴を奏でながら歌い、仲間たちと共に即興の演奏を織りなしていた。
ハルドや魚人族が太鼓や貝笛でリズムを合わせ、人魚族の声と楽器の音が重なり合って広間全体を包む。
「おいカイ! お前も歌えよ!」
ハルドが笑いながら声をかける。
「はぁ!? 俺は拳専門だ!」
顔を赤くするカイに、周りの子どもたちが笑い声をあげる。
「いいじゃない! せっかくだし一緒に歌って!」
セレナまでが促すと、カイは観念したように声を張り上げた。
その不器用な声が逆に場を沸かせ、宴は一層の熱気を帯びた。
しばらくして、ハルドがカイの隣に腰を下ろした。
太鼓を叩き続けたせいで手のひらは赤く腫れている。
「……お前たちの強さは本物だ。俺は楽器で支えられるが、殴る蹴るは性に合わねぇ」
ハルドは苦笑し、潮風のように穏やかな表情を見せる。
「ここまで来て実感した。俺は戦士じゃなく、音で支える方が性に合ってるんだ」
「ハルド……」
カイは言葉を探したが、彼は首を振った。
「心配するな。戦えなくても、俺にはできることがある。
この海で歌と音を広め、帝国に奪われたものを取り戻す。それが俺の戦い方だ」
その言葉に、セレナも頷いた。
「それも……大切な戦い方です。あなたの音があったから、私は歌えたんです」
ハルドは大きな笑みを浮かべ、皆に向かって手を振った。
「お前たちは先へ行け! 俺はこの海で、俺の音を響かせる!」
宴は夜を越えて続いた。
人魚族も魚鱗族も魚人族も、そして解放者たちも笑い合い、歌い合う。
セレナの歌声に子どもたちが合わせ、オルドの大声に酒の音頭がつき、フィオナの冷静な指摘がまた笑いを生んだ。
カイはそんな光景を見渡し、胸に温かいものを感じていた。
戦いで奪われるばかりだった歌が、今こうして誰もが自由に響かせている。
それこそが勝利の証であり、未来へと繋ぐ力だった。
やがて宴の喧騒の中で、ハルドは静かに仲間たちへ別れを告げた。
楽器を背に抱え、彼は海の深みへと泳ぎ去っていく。
「また会おうぜ……! その時は俺の音で歓迎してやる!」
その声が波に消えていくのを聞きながら、カイは拳を握りしめた。
「……ああ、必ずな」
こうして勝利の宴は続き、戦いの疲れを癒やす夜が過ぎていった。




