第五話「街に現れた“過保護系兵器”」
「にしても……腹減ったな……」
ギルドの登録を終え、俺たちは街を歩いていた。
賑わう通り。軒を連ねる露店の香ばしい匂いが、鼻をくすぐる。
まるでゲームの世界だ──ああ、実際ゲームみたいなもんか。
「ご主人様、食事ですか?」
「ああ。なんか軽くつまめるやつがいいな……焼き鳥とか」
「では、栄養価と安全性、消化効率を考慮し──こちらを」
「おい待て!そういうのじゃねぇ!」
アイが差し出したのは、見た目からして地雷級の黒い固形物。
軍用レーションか何かか?なぜ街中でそれを……。
「……これ、本当に食べ物か?」
「はい。高次素材を圧縮成型した携帯食です。カロリーは一五〇〇。二十四時間の活動を支えます」
「いや、いらねぇよそんなガチ仕様のブツ!味!味を重視してくれ!」
結局、自分で露店を探し、串焼き屋に並ぶことにした。
「おっ、うまそう……っと──」
財布を取り出しかけた俺の手を、アイがすっと制した。
「お代は私が」
「お前、金持ってんのか……?」
「先ほど、ギルド登録で頂いた報酬です。少額ではありますが──ご主人様の生活費として確保済みです」
そう言って、アイは小袋から金貨を一枚、さらりと取り出した。
「……え?」
「どうかされましたか?」
「いや……え? なんで金貨? 俺らが貰ったのって、銅貨三枚だったよな?」
「いえ。私が頂いたのは、金貨十枚です」
……なるほどね。これがAランク登録者ってやつか。
俺が貰ったのは、つまり……アイの“おこぼれ”だったってわけか。
ああもう……はいはい、そういう扱いね。慣れてますよっと。
「店主、お支払いはこちらで」
「えっ!? 金貨!? お嬢ちゃん、いったい何者だい!?」
「串焼き代です」
話がかみ合っていない。
「あっ、すみません!この子ちょっと世間知らずで!これでお願いします!」
俺は慌てて銅貨を差し出した。
「ま、まいど……」
店主はどこか引きつった笑みを浮かべていた。
──そして串焼き片手に、俺たちは道端に腰掛ける。
「……なぁアイ」
「はい、ご主人様」
「お前は……確かに強くて有能で可愛いと思う」
「はい。ご主人様の万能型AIメイドです」
「……もういい。なに言ってもムダな気がしてきた」
願いの文言に“人間味のあるメイド”って入れてなかった自分を殴りたい。
串焼きをひとくち。
「──うま……!」
ジューシーな肉汁、香ばしい焦げ目、しっかり染みた甘辛いタレ。
……なんだこれ。現実の焼き鳥よりうまいんじゃねぇか?
「ご主人様、お飲み物もどうぞ。内臓冷却に適した成分構成となっております」
「いや、ただの水でいいって言ってんだろ……」
そんなやりとりをしていると、通りの向こうから、けたたましい声が上がった。
「──やめろよ!返してくれよ!」
少年のものらしき叫び声。反射的に立ち上がる。
「なんだっ!? アイ!様子を──」
言い終える前に、アイの姿はすでになかった。
……速すぎる。
気づけば、アイは男の腕をがっちりと掴んでいた。
「暴力行為および窃盗を確認しました。排除処理に移行します」
「ちょ、やめ──!」
──ゴキィィッ!!
軽くひねっただけで、男の腕がありえない方向に曲がった。
「うぎゃああああああ!!」
地鳴りのような悲鳴が響く。
「おい!やりすぎだってば!」
「ご主人様の命令を事前に受け取りました。不審人物です。危害を加える前に無力化しました」
「いや、確かに“止めてこい”って言うつもりだったけど!お願いだから最後まで聞いて!? あと手加減して!?」
「了解しました。次回からは出力を三七パーセントに抑制します」
──そこ、具体的な数値で返すな。
「ありがとう……お姉ちゃん……!」
少年が泣きながら、アイにしがみつく。
アイはほんの少しだけ目を細め、静かに頭を下げた。
「ご主人様のご命令でしたので」
……過保護にも程がある。
「お兄ちゃんもありがとう!」
「お、おう……無事で何よりだ」
俺、完全に“ついで”扱いである。
少年はそう言って、礼を残しながら走り去っていった。
「さて、お前。あの子に何しようとしてたんだ?」
俺は男の前に立つ。まだ腕を押さえながら、男は顔を歪めていた。
「……チッ……金だよ。あのガキ、財布持ってんの見えたからよ……」
──それだけで襲うのかよ。
「……相手は子供だろ。金が無いなら、働け」
「お前に俺の何が──」
男がこちらに詰め寄ろうとした瞬間──
「ご主人様に危害を加えれば、私が排除します」
アイが一歩前に出て、無表情のままに睨みつける。
男は気圧され、口を閉じた。
「……お金が無いのですね。でしたら、こちらを差し上げます」
アイは懐から金貨を一枚、指で弾くようにして男の前へと差し出した。
「なっ……!? こいつは……金貨……!? 本当に、くれるってのか……?」
「はい。ですので──これからは、このような行為は控えてください」
……アイに感情なんてない、そう思ってた。
でも、今のは……そうじゃなかった気がする。
「ありがてぇ……!もう、もうやらねぇよ!……嬢ちゃん、ありがとう……!」
男は涙目で金貨を握りしめ、腕を押さえながらその場を去っていった。
「……お前、いいとこあるじゃねぇか」
「ご主人様の理想のメイドになるのが、私の役目ですので」
「……ああ。今のは、間違いなく“いい行い”だったよ。──ところで金貨って、相場的にどんなもんなんだ?」
思い返せば、さっきから金貨を見るたびにみんな目の色変えてたな……。
「金貨は、銅貨百枚分に相当します」
「……あ、そう。じゃあ銅貨一枚ってどのくらいの価値なんだ?」
「ご主人様に分かりやすく申し上げるなら──で、んまい棒一本分です」
「……なんか急に現実的な比較やめてくれ」
つまり──さっき串焼き代に払った“銅貨一枚”じゃ、全然足りてなかったってことか。
店主のあの微妙な笑い。
あれはアイに向けたものじゃなかった。俺に対してだったのか。
……世間知らずなのは、俺の方だったらしい。
「とりあえず……その、なんかごめん」
「なぜ謝るのですか?」
「……なんとなく。俺が惨めに思えてきただけだ」
──俺のメイド、過剰スペックすぎるんだが。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
この先、物語はどんどん動き出していきます。
「メイド強すぎて俺いらない件」、果たしてこの先どうなるのか──
もし少しでも続きが気になったら、次話もぜひのぞいてみてくださいね!
※初日は【朝・昼・夜】の3回更新を予定しています。
それでは、また次回で!




