第十四話「干渉された心、干渉したくない想い」
──監視任務、五日目の朝。
「ご主人様、起床の時間です。カウントダウン、3──」
「やめろ、寝かせろ……あと10分……」
「2──」
「アイ、頼む……今日は静かに……」
「1」
──パチン。
カーテンが自動で開き、朝日が一気に差し込んだ。
「ぐわあああっ! 俺の網膜がぁっ!」
「完了。ご主人様の起床に成功しました」
なんなんだこの《成功》って……。
確実に目覚まし機能じゃなくて、攻撃魔法の域だろ。
──ふと、視線を横にずらす。
「…………」
「…………」
……目が合った。
いや、睨まれていた。
ベッドの上で正座しながら、真顔で。無言で。ガン見。
昨日の少女──リュカが、朝から真剣な眼差しで俺を凝視していた。
「なあ……なんでお前、朝っぱらからそんな監視カメラみたいな目で……」
「貴方、すごく変な寝言言ってました」
「えっ」
「“俺はお荷物じゃない……俺は背景じゃない……”って」
「……ッ! お前……聞いてたのかよ……!」
ぐああああああああああああっ!!
よりにもよってそれ聞かれたああああ!!
「記録しております」
「記録すんなああああああ!!」
「“私は背景じゃない”発言。自我防衛による無意識下の自己肯定スローガン──」
「解説すんなああああああ!!」
そんな最低な目覚めで始まった、五日目の監視任務。
「……あっ! お兄ちゃん! おはよう!」
「おう。あと“お兄ちゃん”はやめろって……もう、いいけどな」
依頼主のガキは今日も全開。
このテンションに朝から付き合うのも、だんだん習慣になってきた気がする。
ほどなくして、リュカも教室に入ってくる。
誰とも目を合わせず、無言で席へ。
その姿勢に、やっぱり彼女の“いつも通り”を感じた。
……孤立。
だけど──
(俺が、ひとりにしないって決めたんだ)
そう、心の中で繰り返して、俺は彼女の隣に腰を下ろす。
「……よ。今日、空いてる?」
「……」
「……無視ってのが、一番、くるんだぞ……?」
「では──空いていない、とだけ告げておく」
言い方は相変わらずトゲトゲしいけど……返事があるだけ進歩か。
「え、お前、予定あんの?」
「ある」
「何?」
「なんで教えなきゃいけないの」
やっぱガキは苦手だ……。
リュカは無言のまま、淡々と教材を出し、授業の準備を始めた。
そのタイミングで、隣からきっちり声が飛んでくる。
「ご主人様、授業の支度を。今朝の復習から始まります」
「あ、ああ……はいはい」
なぜ俺まで授業を受けなきゃならんのだ。
十八だぞ、俺。完全に“生徒側”じゃなくて“教える側”の年齢だろ。
しかも、内容がさっぱり分からない。
魔法理論? 魔素制御?
いや、そもそも俺、魔法なんて使えねえ。
(……それでも、形だけでもって言い張ったのは、アイだ)
机に教科書を広げながら、ため息まじりに思う。
──これ、どっちが主人だよ。ほんとに。
授業が始まり、黒板に何やら難解な理論が書き連ねられていく中──
俺は自然と、横のリュカへと視線を移していた。
そのとき気づいた。
教室に漂う、ざわめきとは違う空気。
「……なあ、見た? あの子……また一人でいる」
「なんかさ、近くにいると変な感じするんだよな」
「昨日なんて、話しかけたら、すげぇ頭痛くなって……」
声を潜めた生徒たちのささやき。
名前こそ出さないが、誰を指しているのかは明白だった。
リュカは、聞こえていないふりをしていた。
顔を上げず、ただ静かに、じっと気配を殺して座っている。
(……スキルの副作用、か)
昨日の暴走で、嫌というほど思い知らされた。
彼女の持つ《干渉スキル》は、無意識のうちに周囲へ影響を及ぼす。
意図しない“不快感”や“警戒心”をばら撒く……いわば、“存在そのものが他者にとっての負荷”。
「……自己防衛的な拒絶反応。いわば《心のアレルギー》です」
ぽつりと、アイが解説を添える。
「他者は、彼女の存在を脅威と認識し、無意識に排除しようとする……」
「……無敵の拒絶オーラかよ」
「そして本人には、それを止める術がありません。だからこそ、孤立するのです」
リュカの背は小さく、机の影にすっぽりと埋もれて見える。
けれど、その小さな背中は、誰よりも重たい“空気”を背負っていた。
(……それでも、俺は)
俺には、彼女のそれが効かない。
だから──
(俺しか、助けられない)
チャイムが鳴り、授業が終わった。
教師が去り、生徒たちが談笑しながら移動を始める。
その波のなかに、リュカの姿はなかった。
彼女は一人、机に肘をつき、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
その瞳に、何が映っているのか。
遠くを見ているのか、あるいは……何も見ていないのかもしれない。
俺は、静かに隣の席へと座る。
「……昼、まだだろ?」
そう言って、バッグから昨日と同じメロンパンを取り出す。
包装を破き、半分に割って、その一つを彼女の机にそっと置いた。
リュカは、わずかに目を細めた。
その表情の意味は読めない。
迷惑なのか、戸惑っているのか……それとも、少しだけ期待しているのか。
「言っとくけど、今日のはクリーム入りだ。前のより甘い。……たぶん、お前好み」
「……どうして、そこまでしてくるの」
落ちてきた声は、小さく、震えていた。
俺は少し考えて──ゆっくりと答えた。
「たぶん……俺自身のためだ」
視線を向けると、リュカの瞳が、真っ直ぐこっちを見ていた。
「“見捨てない”って決めたのは、俺だ。だから最後までやる。……そうじゃないと、自分を嫌いになりそうでさ」
「……変なの」
わずかに口元が緩んだ。
それは──ほんの少しだけ、笑ったように見えた。
幻でも、かまわない。
「ありがとう。……変質者さん」
「またそれかよ……」
でも、その言葉が。
今日は、ほんの少しだけ──温かく響いた。
間が空いてしまい申し訳ございません!
並行して新作を書いているので遅れております。
更新は週一ほどになるかもしれません。
それでもよければ応援よろしくお願いします。




