第十一話「気づかれていないフリ」
俺とアイは、学園の監視任務──三日目を迎えていた。
朝は、静かだった。
……さっきまでは。
「ご主人様、起床の時間です。カウントダウン──3、2──」
「やめろ! その起こし方、マジで心臓に悪いんだって!」
「無言で起きないご主人様が悪いのです。なお、睡眠中に数回『たこ焼き……』と寝言を呟いておられました」
「夢の内容バラすな! てかそれ、記録されてんのかよ!」
どれだけ騒がしくても、どれだけ異常な日常に馴染もうとしても──
このメイドと一緒なら、俺の朝はいつも通りらしい。
「では報告いたします。本日も目立った異常は確認されておりません。ご主人様の観測エリア、魔力異常値は0.2未満」
「それって……俺の魔力量そのままじゃねーか」
「ええ。ノイズと同程度です。存在感が薄いと言い換えることも可能です」
「もっと言葉を選べや……」
──だが。
表向きの“平穏”の下には、確実に歪みが広がりつつあった。
登校途中、ふと背後に感じた視線。
それは、これまでの“警戒”とは明らかに質が異なる。
「……アイ。さっきの曲がり角、カメラに何か映ってたか?」
「はい。記録を巻き戻します。……奇妙ですね。熱反応はあるのに、映像には何も写っていません」
「……なるほど。そういうタイプか」
気配を殺し、姿を消し、それでもこちらを“見てくる”。
転生者にしては、慎重すぎる動き。
──けれど、だからこそ厄介だ。
「潜伏型の情報屋か、あるいは……」
「暗殺に特化した能力者である可能性も否定できません」
「この学校、何人殺し屋が潜んでんだよ……」
「平均3.2人と予測されます」
「なんでそんな平均値出てんの!?」
冗談のつもりが、あまり笑えない。
……いや、アイが真顔で言ってる時点で、冗談になってない。
静かに。けれど、確実に《ゲーム》は動き始めている。
次に仕掛けるのは、誰だ? 相手か、それとも──俺か。
「ご主人様」
「……ん」
「警戒を。今日、再び“仕掛けてくる者”が現れるかもしれません」
「ああ。でも──狙いはあくまで俺たちだ。依頼者のガキには、そうそう手は出さないはず」
「しかし、護衛任務の本質としては──」
「分かってる。だからお前も、あいつの動向は見といてくれ。……報酬は、しっかり欲しいしな」
「さすがご主人様。利潤への執着、実に合理的です」
「その言い方、なんか刺さるんだけど……」
「──感知しました」
「……ん?」
「この魔力量、通常の人間ではありません。転生者クラスの反応です」
「マジかよ……まだいたのか」
もし本当に“平均3.2人”なら、あと一人か二人──
そしてその一人が、今まさにこの教室に。
──教室のドアを開ける。
「おはようお兄ちゃん!」
元気すぎる声とともに、一直線に飛び込んでくる少年──依頼人の息子だ。
「だから“お兄ちゃん”やめろって言ってんだろ」
……朝からテンション高いのは相変わらずだな。
「昨日の話の続きある?」
「……どこまで話したっけ」
「転生してチート技で魔王をやっつけたら、実はそいつも転生者だったってとこ!」
「……そんな危ない話、俺ほんとにしたか?」
思わず眉をひそめる俺に、少年が屈託のない笑顔で指を差した。
「ほら、ぼくの後ろにいる子! 今日から転校してきたんだって!」
「──あ?」
視線を向けた、その先。
窓際の席。依頼者の少年のすぐ背後。
そこにいたのは──初めて見る少女。
背筋をまっすぐに伸ばし、机に静かに手を添えている。
まるで作られたように整った姿勢。だが、それ以上に引っかかったのは──その“気配”だった。
「アイ」
「はい。魔力量、異常数値。……間違いありません。転生者の反応です」
心臓が、小さく跳ねる。
まさか、こんなにも早く“二人目”と出会うとは。
「……奴か」
「断定はできませんが、警戒を。既にご主人様の存在が“認識されている”可能性があります」
「分かってる……慎重にいこう。接触は俺がやる」
ひとつ、深呼吸。
この教室に、“もう一人の選ばれた者”がいる。
そして今日──俺は、その存在に触れる。
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