兄弟姉妹で一番損をしているのは?〜ベネット先生は考える〜
春の麗らかな昼下がり、王都でも有数のソーラカラ学園の食堂へと続く回廊を一人の教師が歩いていた。
食堂に近づくにつれザワザワと賑やかなざわめきが大きくなる中、喧喧囂囂と何やら騒がしい声が聞こえてくる。
「違うって言ってるだろが!いい加減認めろよ!!」
「貴方の方こそお認めになったら!!」
張り上げるような大きな声が聞こえ、もしや喧嘩なのか?と進む歩が速くなる。スタスタと食堂の入り口に辿り着いて中を覗けば、学生達がいくつかのグループに分かれて睨み合っているようだった。
「どうした?喧嘩か?」
入り口の近くにいた生徒に尋ねる。
「あっ、ベネット先生。違いますよ。何だか兄弟姉妹で一番損なポジションは誰かで話し合ってるみたいです。」
「一番損なポジション?」
意味が分からず騒いでる食堂の中央に目を向ければ、グループは男女に分かれ、男女の中でも更に分かれているように見えた。
その中の女子生徒グループの一つから、一人の公爵令嬢が進み出で高らかに宣言した。
「ですから!やはり兄弟姉妹の内で一番大変なのは長女なのですわ!とかく長女は我慢を強いられる傾向にございます。一番歳が上という理由で、ほんの数年しか変わらない下の弟妹達の面倒を押し付けられ、『お姉ちゃんなんだから!』と言う決まり文句で不平不満を口にする事を禁じられ、厳しく躾けられるのです!長男と長女を比べた場合でも、長男は一家の中で長女よりも優遇される傾向にあります。その点からも長女がもっとも損なポジションだと言えるのです!」
公爵令嬢の主張に同じ長女の立場の令嬢達がワッと賛成の声を上げる。
「そのとおりですわ。弟妹達の我が儘に対して両親の甘い事といったら本当に酷いものですわ。」
「長女は甘えることも許されず、一番厳しく教育される上に、弟妹の面倒まで押しつけられるのですから納得いきませんわよね!」
この公爵令嬢は我が国の王太子の婚約者であり、それもあり兄弟姉妹達の中でも取り分け厳しく育てられていた。
甘えることも出来ず、弱音も吐けず、自分を追い詰めて心のバランスを崩しかけているのを見かねたベネットは、彼女の境遇を改善する為に、彼女の両親に働きかけた。そして娘がプレッシャーに押し潰されそうになっていた事に初めて気づいた両親は『厳しい教育に文句も言わず完璧にこなしていたから追い詰められていた事にまったく気づかなかった。』と反省して彼女に寄り添うようになり、弟妹たちも姉に対して我が儘を言わなくなった事で、心身の調子を取り戻した過去があった。
なるほど彼女の経験を考えると、そのように考えるのも納得できる。ベネットは頷いた。
すると今度は男子生徒のグループの中から、我が国の王太子が声を上げる。
「いや待て、確かに長女が大変なのは分かるが長男よりも長女の方が損であると断じるのは早計ではないか?貴族として男子が優遇される事は否定はしないが、しかしそれに伴い長男は産まれた瞬間から家門というプレッシャーと義務を背負わされているのだ。その重責たるや長女の比ではないであろう。
そして挫けそうになる度に、決まり文句のように『お前は長男だろう!』と逃げ道を塞がれ、弱音を吐くことも逃げることも許されずに常に圧力をかけられて苦労しているのだ。人生を縛られ、理想を押し付けられ、厳しい教育に耐えねばならない長男こそが一番負担が大きいであろう。」
王太子の意見に同じ長男である令息達がウンウンと同意を表明する。
「ああ、責任ある立場に立たされる長男の苦労は筆舌に尽くしがたい。」
「それに他の兄弟達の様に、好きな道、気楽な道を歩むことも出来ないんだからな。」
彼はかつて、王太子という重責に耐えかねて自暴自棄になっていた時期があった。将来国を背負わねばならない立場として常に完璧を求められ、非常に優秀な婚約者である公爵令嬢と比べられ、彼女よりも優秀でなければならないプレッシャーにも追い詰められていた。
頑張っても頑張っても常に自分の上を行く完璧な婚約者に、何もかもが嫌になって全てを投げ出し婚約者との関係も険悪になってしまっていたのだが、親身になって聞いてくれたベネットに婚約者である公爵令嬢も悩み苦しんでいる事を教えられ心を入れ替えた過去があった。
重責に苦しんでいた王太子の姿を知っているベネットは、嫡男の辛さが理解できて、確かにと頷いた。
そこに長女グループとは別の女子生徒グループから一人の男爵令嬢が声を上げた。
「お待ちになって下さいお二方とも!恐れながら先ほどから長男長女のどちらかが損しているかばかり語ってらっしゃいますが、弟妹の苦労にも目を向けて頂きたいですわ。
弟妹こそ数年しか変わらない年上の兄姉の横暴に我慢を強いられているのです。幼い頃の体力や知識の差が大きい事をいい事に、強引に言う事を聞かせたりしてくるじゃありませんか!それに長男や長女は年功序列の思想から優先されて、親は初めての子供ということもあり長男長女に財力を注ぐ傾向がこざいますわ。それに対して『ずるい』と文句を言えば、それこそ決まり文句『後から産まれたのが悪い!』と不平不満を封じられるではありませんか!」
男爵令嬢の訴えに同じ妹の立ち位置の令嬢達がそうよそうよと同調する。
「私は、妹は我が儘というイメージにも納得行きませんわ。」
「わかります。一つ新しい物をねだっただけで、まるで欲しがりのように扱われて我が儘と言われるのですよね。」
そう主張した男爵令嬢は、学年でトップの成績をとっていたにも関わらず、長男長女の進学にお金がかかったから、我が儘を言わず妹のお前は諦めろと言われて、進学できないと泣いていた。相談を受けたベネットが両親を説得し、奨学金が受けられるように申請を手助けした生徒であった。
確かに財力は年長の者に注がれる傾向はあるし、また妹は我が儘だというイメージもあるなと、ベネットは頷いた。
それに別の男子生徒グループの中の一人の伯爵令息が同調する。
「そうだ!兄や姉はいつも横暴だ!特に被害が大きいのが弟の立ち位置だろう。どれほど泣かされたか分からない決まり文句『弟のくせに生意気だ!』と下に見られ、兄からは力で、姉から口で負かされ、下僕のように扱われている弟達のなんと多いことか。だいたい長男の重責やらなんとか言っているが、継ぐべき爵位のない次男以下は自力で生きていく術や力を身に着けて仕事を探さなければならないじゃないか。結婚相手を探すのだって断然嫡男の方が優位だろう。結局のところ一番損なのは、家の中でのポジションも低く、将来受け継ぐべき爵位ももらえない次男以下の弟達なんだよ!」
同じ弟グループの令息達もやんややんやと声を上げる。
「そうだそうだ!そんなに後継ぎの重責が辛いというのなら、弟に爵位を譲ればいいだろうが!!」
「弟はパシリでも召使いでもないぞ!!」
彼はいつも女帝の様な姉にこき使われて毎日パシリのような事ばかりさせられていた。姉の宿題として出されたレポートが、その令息の字だった事に気づいたベネットが真相を究明したところ、弟である彼が姉の課題を代わりにやっていた事が判明した。その事を知って激怒した両親によって彼の姉は戒律の厳しい宿舎学校へと転校する事となり、彼は平穏な生活を手に入れた背景があった。
将来の不安定さは確かに弟の方があるだろうし、こき使われてる弟は多いなと、これまたベネットは頷いた。
兄弟姉妹あるあるの不満が次から次へと飛び出してきて、ベネットはその全てに『なるほどそうか』と頷き、つい聴き入ってしまった。
主張は様々あるものの、話し合いはだんだんとヒートアップしていき、争いの論点が 兄姉 VS 弟妹 のどちらが損かの構図に変わり出して来たところで、まったく別のグループの子息令息が異議を申し立て始めた。
「待てお前達!兄弟姉妹それぞれのポジションの中で誰が一番損かを話し合っていたはずなのに、兄姉 VS 弟妹 の2極になっているぞ! それも子供が2人だった場合もしくは兄姉と弟妹達をまとめて比べた2パターンしか想定していない!
それでは兄弟姉妹の中で一番誰が損なポジションかの話になっていない!!
何故なら一番損なポジションであるのは真ん中の子だからだ!!
真ん中の子こそ兄弟姉妹の中で一番損なポジションだろうが!上に兄姉がいる身でありながら下に弟妹がいるんだぞ!上下両方に挟まれて上からは威張られ下からは我が儘を言われるんだ。親からだって一番可愛がられない!長男長女は一番親から可愛がられない的な事を言っていたが、真ん中ポジションから見れば、初めての子供と言うことで何をするにしても一番力を注いで貰えて、何だかんだ弟妹が生まれるまでは一人っ子の気分だって味わっていたのだから十分恵まれていると思う!末っ子は言うに及ばずだ!!」
先程まで主張していた面々がウッと詰まる。
そう言った彼は大家族の真ん中で上と下から常に揉みくちゃとされている商家の息子だった。
「ぐっ…、確かに真ん中は大変なポジションだろう。だがそれでも全ての兄弟姉妹の一番上というプレッシャーは分からないはずだ!それに長男長女は弟妹が産まれるまで一人っ子の気分を味わっていると言うが、真ん中だって末っ子が生まれるまでは末っ子気分を味わっているじゃないか!!」
「そうよ!それに真ん中だって結局、長男長女と一緒になって末っ子に色々と面倒なことを押し付けたりするじゃない!上も下も両方の気分を味わえて、ある意味いいとこ取りしてるじゃないの!必ずしも一番損しているとはいえないと思うわ!」
そこに更にそっくりな二人の男子生徒が進みでた。
「「待った!そんなポジションの話をするのなら双子こそ一番大変だろ!同じ日に産まれたはずなのに数分違うだけで一方は上、一方は下と区別されるんだ!!最初から二人だから親の愛情は常に二分されて、初めての子供であっても一人で産まれた長男長女よりも手をかけて貰えない!弟妹として産まれたなら尚更だ!
それも2人の能力値に差があった場合とんでもなく比較されるんだ。常にセットとして扱われ、別々の人間である筈なのに、片方が出来ることはもう片方も絶対出来るとされ『双子なんだから頑張れば君も出来る!』とまるで頑張ってないみたいにいわれるんだぞ!」」
見事なシンクロで同時に同じ主張をする彼等は、片方は勉強に片方はスポーツにと振り切れた能力をもっていた侯爵令息たち。
それにまた異議を申し立てる者が現れた。
「確かに双子は大変だと思うが、しかしある意味親にも周りにも平等に可愛がられるのだからいいじゃないか!それよりも年子の方が立場的には辛くないか!?たった一歳差なのに上と下で分かれるんだぞ!それこそ年子で一番上に産まれてしまったら、一人っ子の気分を味わう事も出来ないまま兄や姉にされるんだ!一番損なんじゃないか!?」
そう言った令息は伯爵家の長男で年子の双子の弟妹達がいた。
更にまた別の侯爵令嬢が異議を申し立てる。
「ちょっとさっきから聞いてたら一人っ子はいいなみたいな事言ってるけど!あなた達一人っ子の大変さが分かってないわよ!確かに一人は親の愛情を独り占めよ?ただね、一人しかいないからこそ愛が集中してしまって重いのよ!過保護すぎてあらゆる事に干渉されるし、家門も将来たった一人で背負わなければならないのだからスペアのいる嫡男嫡女よりよっぽどプレッシャーが大きいんだからね!!親の介護だって一人でしなければならないのだから先の事を考えると一番辛い立場よ!!!」
その令嬢は両親が遅くに授かった子供の為、過保護が過ぎて何処に行くにも誰かがついてきて干渉される不自由な生活を送っていた。
その後もじゃあ、三つ子だった場合は?歳が離れていたらどうなんだ?など様々なシチュエーションが飛び出し、ベネットはその度に『そうか』と唸ってしまった。
結局収集のつかないまま意見がぶつかり合っていると、"キンコーン カンコーン " と予鈴のチャイムが鳴りだした。
つい聴き入ってしまっていたベネットは、我に返り、姿勢を正し生徒達に注意を促す。
「おまえたち。議論で白熱するのは結構だが、もう予鈴のチャイムが鳴っているぞ。早く教室に戻りなさい。」
自分達の主張に夢中になっていた生徒達は、ベネットに注意されてハッとなるも、ベネットを視界に納めると喜色を浮かべて、ベネットにも話題をふってきた。
「ベネット先生!!先生はどう思われますか?」
「先生なら誰の意見が正しいか分かって下さいますよね?」
「そうだ!先生の意見も聞かせてください!」
「…………………私の意見を………?」
「はい!お願いします。是非大人の意見も聞かせて欲しいです。」
「俺達このままでは、モヤモヤしてしまってとても次の授業に身が入りそうにありません。!」
「公平な立場から、どの主張が正しいか判断していただけますか?」
「ふむ…………。」
白熱した議論に収まりのつかなくなった生徒達は、ベネットなら答えを出してくれると期待を込めた眼差しで見つめた。
ベネットはしばし考える。どの主張もそれぞれ一理あり甲乙つけがたいように思われた。
だがどれもベネットには共感することは難しい様に感じられた。
なぜなら
「………私は孤児なので……すまんが兄弟姉妹の感覚は分からない。」
その場にいた全員が青褪めた。
「「「「 す、すいませんでしたーっ!!! 」」」」
「あっ……おい………!?」
一斉に謝罪をすると蜘蛛の子を散らすように去っていく生徒達。
一人取り残されたベネットは呆気に取られて去っていく生徒達を見送った。
その日の夜遅く、自宅に戻ったベネットは子供部屋のドアを静かに開けた。
子供部屋のベッドでは、幼い長男と長女、双子の二男と三男、そして末っ子の次女がスヤスヤと眠っていた。
子供達のあどけない安らかな寝顔を見ながら、昼間の生徒達の話を思い返す。
(この子達も……いずれあんな風に考えるようになるのだろうか……?)
つい考え込んでしまっていると、カタンと音がして、ランプを手にした妻が子供部屋に入って来た。
「まあ、ジョン、帰ってらっしゃったのですか?ごめんなさい気づきませんでしたわ。」
「セシル………まだ寝ていなかったのか。先に寝てて良いと、いつも言っているだろう。」
まだ起きていた妻に、ベネットが不機嫌そうな声を出せば、夫人が大きなお腹を撫でながら困ったように笑った。
「ふふっ、もう六人目ですのよ。そんなに心配なさらなくても大丈夫ですのに……。」
ベネットは椅子をすすめ、夫人はヨイショと腰かけた。
「子供達を見ながら何を考え込んでいらっしゃったの?
随分と悩んでいるように見えましたけど……。」
ベネットは夫人に聞かれて、昼間の生徒達とのやり取りを話した。
「ふふ、そんな事があったのですか。
確かに子供の頃はそんな事を考えていた時期もありましたわねぇ。」
「………君も兄弟姉妹について不満があった事があったのか?」
兄弟姉妹間の仲が良い夫人の言葉に、ベネットが不思議そうに首を傾げた。
「ええ、ございましたわ。私は兄弟姉妹の中で一番上の長女ですけれども、幼い時は弟妹ばかりを可愛がって甘やかす両親に酷く腹を立てた事がございます。
弟妹が遊んでいるのに、自分だけが勉強をさせられたり、同じ失敗をしたのに私だけが怒られたり、私は愛されてないのではないかと悩んだ事もございましたわ。」
「そうなのか?」
夫人の両親は愛情深く、子供達を差別するような人間には見えなかったが、実は違ったのであろうか。
「ふふふっ、そんな心配そうな顔なさらないで。子供の頃にそう感じたというだけで、本当は酷いことをされたた訳ではございませんのよ。
私だけが勉強させられたのも単に弟妹がまだ勉強を始める歳に至っていなかっただけの話で、私だけが怒られたのも、年齢的に悪い事だと分かる歳だと判断されたからですわ。
確かに両親は私に一番厳しかったですが、それも一番気合いが入ってしまっていたのだと、親になった今はよく分かりますもの。」
「ああ……それは私も分かるよ。」
一番初めの子供は親にとっても初めての連続だ。余裕もなく必死に子育てしてしまうものだ。それが2人目、3人目となってくれば、経験からこれくらいなら放っておいても大丈夫だ、必要ないと判断出来るので一人目よりも躾は緩くなる。
「でも今になって思うのは、私は一番上で一番良かったと思っておりますわ。」
「どうしてだ?厳しくされて嫌だったんじゃないのか?」
「確かに厳しくされましたけど、大人になるにつれてそれも愛情があったからだと分かりましたもの。
当時は甘やかされている弟妹が羨ましいと思ったりもしましたけれど、逆にいえば一番真剣に向き合って貰えたのは私のように思いますの。
一番末の妹など、躾に関して両親は私に丸投げな部分も多くて、本当に愛しているなら可愛がるだけじゃなく、もう少し真剣に向き合ってあげたら良いのにと思った位ですわ。」
「それは………ご両親がセシルを信頼して任せていたからじゃないのか?」
「ええ、もちろんそれは分かってますわ。でも妹にしたら寂しかったんじゃないかとも思うのですわ。
それに末の妹が言ってくれましたの、お姉様がしっかり教えてくれたから今の私があるって。
そんな風に慕ってもらえて……少なくとも私は、長女で損をしただなんて思えませんわ。
もちろんこれは " 私の事を言えば " という話ですから、ご家庭によって事情は様々違って来るでしょうし考え方も人によってそれぞれ違いますから一概にはいえませんけれど…。
ですけど、余程酷い差をつけるとか虐待するとかでない限り、その時の年齢や環境で、見方なんて変わって行くものですわ。ですから、私は兄弟姉妹で損か得かなどあまり考える意味はないように思います。」
「…………………………そうか。」
夫人の言う通りかもしれない。
子供の頃、大人になった時、親になった時、歳を取った時、人の見方は変わって行くものだ。
どんな親か、状況や環境によっても捉え方は様々違って来るだろう。
それに何だかんだ言っても、兄弟姉妹の間には損得など超える絆があるという事なのかもしれない。
自分にはそこの所は良く分からないが…………。
「………今日の放課後、生徒達が昼間の件で謝罪に来てくれたんだが………逆に申し訳ない気持ちになった。」
「貴方の事を傷つけたかもと心配になって来てくれたのね?優しい生徒さん達ね。」
「…………ああ。」
彼等は真摯に謝ってくれたが、ベネットは気にしておらず、別に傷ついたわけでも、気分を害したわけでもなかった。
孤児であったが故に、『単純に兄弟姉妹の関係性が分からない』と告げたつもりだったので、謝られてしまい戸惑った。
ベネットは隣国の戦災孤児で、物心つく頃にはこの国の孤児院で生活をしていた為、両親の記憶も無ければ、自分に兄弟姉妹がいたのかすら知らない。
だからと言って不幸だった訳ではなかった。
この国は福祉が充実しており、孤児院もとてもしっかりとしていた。
食事もきちんと3食オヤツ付きで提供されていたし、院内もとても清潔で、勉強もしっかりとさせてもらえた。
優秀な生徒には無償の奨学金が与えられたので、ベネットも大学まで行くことが出来た。
孤児院での人間関係も至って穏やかなもので、いじめなんてものもなく、年長の者は下の子の面倒を良く見たし、下の子も一生懸命に上の子を見習って助け合って暮らしていた。
やがて年長の子供が成長すれば、孤児院を卒業して、下の子だった者が年長となって新しく入る年少の子供達の面倒を見る。
そして孤児院の卒業生は、経済的な面で子供達を支える側に回ってくれるのでサポートも万全だった。
ベネットも子供の頃は、親のように支えてくれる卒業生達のサポートを受け、兄や姉のような年長の子供達に面倒を見てもらい、自身が成長して大きくなれば今度は自分が兄のように下の子の面倒を見た。
そして卒業し、社会人となった今は微力ながらも経済的に孤児院のサポートをして恩を返している。
ある意味完璧に助け合いの輪が繋がっていて、それが当たり前でもあった為に、不平や不満など感じた事などなかった。
しかしそれは、他人だからこそ有難さを感じて、不平不満に思わなかっただけで、血の繋がった家族であれば、また違ってくるのかもしれない。
「…………私は親として、ちゃんと子供達に寄り添えているのだろうか?」
兄や姉のような、弟や妹のような存在はいても、孤児であるベネットには本当のところ兄弟姉妹のことはよく分からない。
そんな自分が将来、子供達が兄弟姉妹間の関係で悩んだ時に、ちゃんと寄り添えるのか不安になった。
いや、もしかしたら既に、知らぬ間に気づかず傷つけてしまっているかもしれない。
悩むベネットに夫人であるセシルは心の中で『まあ、まあ、まあ。』と微笑んだ。
分からないと言いながら、分かろうと一生懸命悩む姿に心が温まる。
兄弟姉妹の誰が損云々は置いておいて、子供が本当に求めている事は、真剣に自分を見て欲しい、考えて欲しいということだとセシルは思う。
だからこそ、しっかりと向き合ってくれるベネットに、生徒達も心を開いて慕っているのだ。
その事にベネット本人はまったく気づいてないことが可笑しかった。
「貴方ほど子供達に真剣に寄り添う方を私は知りませんわ。」
「…………そうだろうか。」
「じゃあ貴方から見て私はどうですか?」
「満点だな。」
自分の事には自信が持てないくせに、セシルには満点をだすベネットが可笑しくて、愛しくなる。
「まあ、ふふふっ、その言葉そっくりそのままお返ししますわ。
でもそれでしたら、満点の私の言葉を信じて下さいませんこと?」
にっこりと夫人が微笑めば、パチクリと目を瞬いたベネットは緩く微笑みを返した。
「そうだな…………君がいてくれて、私はとても心強い。」
「私も貴方がいて下さって心強いですわ。」
結局の所、親は自分達に出来る精一杯の愛情を注いで育てて行くしかないのだろうとベネットは思う。
兄弟姉妹の事は分からずとも、今のベネットには家族がいる。
そして家族を教えてくれた夫人がいる。
将来子供達が兄弟姉妹間で悩んでも、夫人と一緒ならきっと心に寄り添える。
ベネットはホッと一息息をつく。
夫人のお腹を擦りながら、まだ見ぬ末っ子に語りかける。
「君が産まれてくるのを待っている。君の兄や姉達を愛するのと同じ位、君のことを愛しているよ。」
それを聞いた夫人が、からかうように聞いてきた。
「あら、私の事は愛して下さいませんの?」
「もちろん一番愛している。」
そしてベネットは夫人と二人、愛する子供達の眠る子供部屋の扉を静かに閉めたのだった。
おしまい
お読み頂きありがとうこざいました。
世の中、兄弟姉妹格差のお話が多いなと思い書いた話になります。
兄弟姉妹間の問題は普遍のテーマだと思いますので、きっと沢山のご意見があるだろうな〜と思います。
宜しければ、そこらへんの感想やエピソードを教えて頂けると嬉しいです。
※ジャンルを悩み、最初は純文学にしたのですが、ヒューマンドラマの方が良いのかもと変更いたしました。まだ迷っている為変更するかもしれません。ジャンル違うよっと思った場合にはお知らせください。
※いつもご感想、評価、誤字脱字報告下さいましてありがとうございます。