午後1時、静寂の裏に潜む影
プロローグ
2011年1月1日。地方の山間にあるひっそりと佇む古びた高校。その名は「明月高校」。古びた木造の校舎が、冷たい冬の空気の中で静かに立っている。生徒数も少なく、時が止まったかのような静かな場所。どこか物寂しく、静けさの中に漂う違和感。しかし、それは日常の一部として溶け込んでいた。
曇天の午後1時。校舎の中に奇妙な響きが広がる。それは風の音にも似ているが、確かに人の声が混じっているようだった。誰もいないはずの教室の扉が微かに揺れる。廊下の奥から聞こえる、規則的ではない足音。平穏だったはずのこの場所が、一瞬にして不穏な空気に包まれた。
明月高校の静寂は、午後1時のチャイムを境に暗い闇に包まれることになる。
朝8時00分。曇天の空が町を覆い、薄い灰色の雲が低く垂れ込めていた。空気は頬に刺さるほど冷たくはないが、じんわりと肌を冷やすような冬の寒さを含んでいる。そんな中、制服姿の生徒たちが、黙々と校舎に向かって歩いて行く。
佐藤葵は教室に入ると、いつもの席に座り山田啓太 に微笑みかけた。
「おはよう、啓太くん。」
「おはよう、葵。」
啓太は、手元のスマートウォッチを確認しながら返事をした。彼は真面目でいつも心拍数を記録しているのが癖で、しかしそのデータが何か特別な意味を持っているわけではなかった。
「今日も元気だね。」と葵は少し冗談めかして言ったが、啓太の表情には少し影があった。
「うん 少し寝不足だな。」啓太はそう言いながらも、葵にはそれ以上のことを言わなかった。
「おはよう啓太。今日は眠そうだな〜。」
京極穣が教室に入ってきた。彼は少し顔をしかめながら、歩み寄って来た。
「まぁ〜ね。昨日は読んでいた本の続きが気になって夜遅くまで起きていたからさ」
8時15分。いつも通りの日常、いつも通りの生徒達の会話。この日起きる最悪を、今はまだ誰も知らない。
12時20分。終業のチャイムがいつも通り校内に響き渡る。生徒達が皆それぞれいつも通りの顔ぶれで集まり昼食を食べる。
12時55分。休み時間の終わりが近づき、それぞれ担当の掃除場所に行く生徒達。だが佐藤葵は何かが違うことに気づいた。
「啓太くん、どこに行ったの?」葵は教室を見渡すが、啓太の姿は見当たらなかった。
「あれ、啓太がいない?」葵のクラスメイト藤井亮( ふじいりょう)が周りを見回し、眉をひそめた。
12時57分。葵は、少し不安な表情をしつつ自分の担当する掃除場所に行った。葵が担当する掃除場所は、校舎の裏にある倉庫だ。しばらくして、休み時間の終わりを告げるチャイムが校内に響き渡る。それと同時にやってきた佐藤葵は掃除用具がある倉庫の扉を開け、そこで啓太の遺体を発見する。
13時00分。
「嘘・・・」葵は声もなく呟き、震えながら啓太の無残な姿を見つめた。胸に深く( 1本のナイフ)が突き刺さり、その血は少し固まりかけていた。啓太の遺体を見たその瞬間、葵は恐怖と悲しみのあまり、足がすくみ、深いため息と共に嗚咽を漏らしながら悲鳴をあげた。
「きゃああああっ!」
その悲鳴は、近くにいた他の生徒たちの耳にも届き、すぐに駆けつけた生徒たちがその場を囲んだ。慌てた一部の生徒が携帯電話を取り出し、警察に通報を始める。数分後、校舎の前に数台のパトカーが止まり、警察官たちが次々と現場に到着した。
「心臓を一突きか。明らかに他殺だ。凶器は( 1本のナイフ)か・・」警察官の一人が遺体を確認し、周囲を見渡しながら冷静に言った。
警部も現場に到着した。警部は啓太のクラスメイト藤井亮の父親、藤井大輔。彼は長年捜査一課に所属し、冷静かつ迅速に事件を分析する能力を持つ敏腕の警察官だった。
「被害者が腕に着けている時計の画面に、何かが表示されているなぁ?( 十の十六乗+十の四十八乗=十の二十八乗( これは何を表しているのだ?もしかしてダイイングメッセージ?」警部は被害者の腕時計に表示されている文字列を見て少し意味を考えたが、それが何を表しているのかはわからなかった。
鑑識の調査の結果、被害者が身に着けていたスマートウォッチに残されていた心拍数のデータから死亡推定時刻が12時55分と言うことがわかった。
事件の真相を掴むため、警察は啓太のクラスメイトたちを順番に事情聴取をした。亮もその場にいたが、警察の指示で直接関わることはなかった。ただ、彼は事情聴取の様子を注意深く観察していた。
クラスメイトの田中と山田が、他の生徒たちと一緒に警察に呼ばれていた。
「田中さん、山田さん。休み時間に啓太くんを見かけましたか?」と、警察官が尋ねる。
「はい、見かけました。確か、最後に啓太くんを見かけたのは12時50分頃でした。」落ち着いた表情で田中さんは答えた。
「啓太くんと何か話していましたか?」
「ええ、少し話をしたのですが、急いで戻らなきゃいけなかったので、それ以上は 。」
警察官は次に京極穣に質問をする。「穣くん、啓太くんとはどこで会いましたか?」穣は少し考え込み、答えた。
「僕は会っていないのですが倉庫の近くで見かけたような気がします。休み時間が終わる直前に啓太が急いで走り去るのを見たので」
その時、亮は思わず顔をしかめた。「休み時間が終わる直前?」
さらに、別の証言が入った。「啓太は、倉庫近くで京極穣くんと会っていたという話もあります。」その言葉に、藤井亮は反応した。
「京極穣?」亮は他の生徒たちの証言を聞き違和感を覚えていたがそれが何かはまだわからない。
生徒全員が事情聴取を終えて、藤井亮の父親の藤井大輔が亮も一緒に事情聴取を受けていたことを知り、「亮、ここにいたのか?」藤井大輔が現場で息子の藤井亮を見つけ、声をかけた。
「父さん 」亮は少し驚いた様子で、父親を見つめたが、すぐにその表情を引き締めた。
「お前はまだ高校生だ。この事件には関わるな。危険だ。」
藤井大輔は一瞥して言った。父親としては、息子が事件に巻き込まれることを避けたかったのだ。亮はその言葉に従い、警察の捜査に口を出すことはなかったが、その好奇心と推理力を抑えることはできなかった。
警察が捜査を開始しても、亮は独自に事件を考えていた。父親から「関わるな」と言われたものの、彼はどうしてもこの事件に興味を持ってしまった。
彼は啓太のスマートウォッチに残されていたダイイングメッセージに気づいた。( 十の十六乗+十の四十八乗=十の二十八乗) 藤井亮はその意味を瞬時に解読した。数式の意味は、名前を示している。足されている数字をそれぞれ漢数字に変換すると「十の十六乗は京、十の四十八乗は極、十の二十八乗は穣」これら三つの文字を順番に並べると「( 京極穣)つまり京極穣になる」亮はダイイングメッセージの謎を解いたが、そこから出てきた一人の人物の名前に少し動揺した。
「まさか、京極穣?あいつが啓太を・・」亮は驚きながらもその名前を心の中で呟いた。そして他に手掛かりが無いか啓太のスマートウォッチのデータを見た。
「啓太はいつもスマートウォッチで心拍数を記録していた。もしかしたら死亡推定時刻がわかるかもしれない。」
記録されたデータから十二時五十五分に心拍数の数値が0になっていたことがわかり、このことから死亡推定時刻は12時55分だと言うことが明らかになった。亮は、穣が言っていたアリバイに矛盾を見つけ、事件の真相に辿り着く。
事件の真相にたどり着いた亮は、京極穣に問いかけた。
「お前、休み時間に啓太と会っていたのだろう?」
亮は事情聴取の途中で不自然な点に気づいていた。京極穣は、その時に倉庫にいたと証言していたが、他の人の証言によると、休み時間中に校庭を横切るのが見られているという。
「穣、君は取り調べの時に休み時間が終わる直前に啓太を見たと言っていたけど、啓太は12時55分には既に亡くなっていたんだ。その証拠に、啓太のスマートウォッチの記録を見ると心拍数が12時55分で止まっていたんだ。そして、スマートウォッチに残されていたダイイングメッセージ。これが犯人名前を示していた。」
「ダイイングメッセージ?」
「啓太が最後の力を振り絞って( 十の十六乗+十の四十八乗=十の二十八乗( という文字列を残してくれたんだ。これを解くと( 十の十六乗は京、十の四十八乗は極、十の二十八乗は穣)となりこの文字を合わせると、京極穣!君の名前が出てくるんだ」
亮は、事件の真相を追い詰めるべく、壌に対して疑念を抱いた。彼は父親に言われた通り、直接警察に話すことはなかったが、独自に調査を続けた。
「穣、啓太が知ったこと、君の家族に関わる秘密だろう?」亮はその推理を確信し、京極穣に迫る。そして、穣が啓太に家族の秘密を守ろうとしたことが明らかになる。そして、その秘密を知られたくなかった穣が、啓太を殺害したことが判明する。
穣は一瞬固まったが、やがて深いため息をついて言った。
「啓太、彼の父親が俺の家族を・・・」
その言葉に亮は少し驚きながらも尋ねた。
「家族?それが、啓太の死とどう関係がある?」穣は、言葉を詰まらせながらも両親の死について語り始めた。
「実は、俺の両親は・・・もうこの世にいないんだ。5年前の2006年1月1日、その日父さんはあることをきっかけに自殺したんだ。母さんも、父さんが亡くなったことにショックを受け自殺したんだ。」
穣は一度深呼吸してから、声を震わせながら続けた。
「啓太の父親は、俺の父さんが働いていた会社の上司だったんだ。父さんは一生懸命働いていたけど、啓太の父親はいつも無理難題を押し付けて、精神的に追い詰めていた。そして 父さんは、ある日突然、自殺してしまった。会社の不正に気づいて、告発しようとしたら、脅されたらしいんだ。母さんはその事実を知って、耐えきれなかった・・・」
穣の目には涙が滲んでいたが、亮は冷静に話を続けた。
「それで、それがどうして啓太の死につながるんだ?」
穣は拳を握りしめながら言った。
「啓太はその話を偶然知ったんだよ!俺が何年も隠してきた秘密を。しかも、それを公にしようとしていた。啓太は父親の名誉を守りたいって言っていたけど それで俺の家族のことをバカにするようなことを言ったんだ!
俺は怒りで何も考えられなくなって」穣は頭を抱え、声を上げて泣き始めた。亮は穣の言葉を一通り聞き終えたが、その表情にはどこか冷たさがあった。
「でも、それだけで啓太を殺す必要はなかったはずだ。怒りで何も考えられなかったって?それならどうしてスマートウォッチのことに気づかなかったんだ?お前、啓太がいつもそれを着けていたことを、知っていただろ?」
穣は亮の言葉に反論できず、震える声で言った。
「そうだ 俺はバカだ。啓太がスマートウォッチを身に着けていたことも、ダイイングメッセージを残せるなんてことも考えてなかった。でも、俺は、ただ家族を守りたかっただけなんだ!」
亮はその言葉を聞いて少しだけ表情を緩めた。
「穣、君が家族のことを思う気持ちはわかる。でも、啓太がしたことは間違いじゃない。もし彼が本当に会社の不正を公にしようとしたなら、それは正義のためだったんじゃないかな?君がその正義を否定したことは、啓太
だけじゃなく、自分自身を傷つけたことにもなるんだよ。」
その後、穣は警察に自主し事件当日の16時48分に逮捕された。
穣は取り調べの中で全てを自白し、涙ながらに後悔を語った。啓太が残したダイイングメッセージと亮の推理によって事件は解決したが、亮の胸の中には何とも言えない苦い思いが残った。
穣が連行されるとき、亮は静かに言った。「穣、君の両親は君が思っている以上に君のことを誇りに思っているはずだ。これからは自分の生き方でそれを証明してくれ。」と。穣は何も言わずに亮を見つめ、頷いた。
事件から数ヶ月後。明月高校はいつもの静けさを取り戻していたが、亮の中には大きな変化があった。
「正義って、何だろうな 」亮は教室の窓から外を眺めながら呟いた。その声に気づいた葵が近づいてきた。
「亮くん、それってまだ事件のことを考えてるの?」亮は振り返り、少し笑みを浮かべた。
「いや、ただ これからの自分の生き方を考えているだけだよ。誰かを守るための正義って、簡単なものじゃないなって。」葵は静かに頷き、亮の隣に立った。
「でも、亮くんはちゃんと正義を貫いたと思う。啓太くんも、きっと喜んでるはずだよ。」
亮は何も言わずに空を見上げた。そこには穏やかな冬の青空が広がっていた。亮は静かに呟いた。「啓太、君が最後に伝えたかったことを、僕は絶対に忘れない。」
事件の後、藤井亮は父親に感謝しつつ、静かにその場を離れた。警察の捜査が進む中で事件の真相は明らかになり、明月高校には再び平穏な日常が戻った。