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すべてを斬る妖刀

作者: カケル

手の中にある小さなナイフ。

不意に目についた骨董品屋。そして何気なく入店し、何とはなしに目についたこの刃渡り二センチほどのちょこんとしたナイフ。持ち手は普通の大きさで握れるのに、刃先は小さいそれ。円を描いた刃先。尖った先が可愛らしい。

「何でこれ買ったんだ?」

お世辞にもカッコいいとは言い難い。なのにそのナイフは僕の手の中にある。

「……」

ススッと空を切ってみた。何度か振ってみたけれど、如何せんカッコ良いとは言えない。これなら普通に包丁を手の中でクルクルと回したほうが愉しい。

「これじゃあなあ」

錆はなく、店で試しに紙を切ってみたが問題はなかった。

無難にカッター代わりとして使うにはよいかもしれないが、それ以上に使う用途は無いように思う。

「何でこれ買ったんだ?」

二度目の言葉。

甚だ疑問だった。

刀は持ち主を選ぶというが、こんな小さな刃物が持ち主を選ぶとはあまり思えない。仮に僕を選んだとして、刀を集めては眺めるだけの収集家だ。剣術家でも剣道家でもない。ただただ刀が好きなだけの一市民だ。

「変な刀だなあ……ん?」

これはただの刃物だ。刀じゃない。

あの店の店長も、この刃物を刀とは一言も言っていない。

なのに僕はこれを刀と言った。

何故?

街中を歩きながら。

不意に、街路樹の枝を見た。

無性にこの刃物をあの伸びた枝に向かって振るいたくなった。

蓋を取って、僕は刃先を上に向け、なぞるように下へ。

「……そんなわけないか」

子どもの頃にやった、手刀で周囲の物を切り刻む遊び、箒や木の棒を振るって剣士の真似事をしたその歳の自分。

それを思い浮かべて、僕はふっと笑った。

蓋を閉め、ポケットに片づける。

「いてっ」

木を通り過ぎた時、頭の上に落ちて来た木の枝。

細い枝だ。そこまでの害はない。

さっき僕が刃物を振るった枝だった。切り口も綺麗で、まるで刃物で切り裂いたかのような美しい切り口だった。

「え?」

その枝と木を交互に見た。

そしてポケットに入れた刃物に触れる。

「まさかなっ」

そう言って枝をその辺に捨てた。

家に帰ると、鞄をベッドに放り投げて僕は椅子に座る。

部屋中に飾られた模造刀が出迎えてくれる。

ポケットから取り出した刃渡り二センチのナイフ。

蓋を取り、刃を見た。

波紋も何もない、カッターみたいに切り裂ける丸みを帯びた刃。

普通に見ても、これが刀だとは誰も思わない。

「でも刀だなあ……」

どうしてかそう直感した。

博物館や展示会に行って見てきた本物の刀剣たち。そのどれもが、有無を言わせない本物の覇気を纏っていた。ネットで購入した模造刀や居合刀とはまるで違う。

このナイフからは、その本物と同じくらいの、それも尋常ではない覇気を感じるのだ。

チラリと、目の前の時計を見た。

定価千円ほどの電子時計。

僕はそれに向かって、ナイフを振り下ろす。

「……やっぱないか」

と、蓋を閉めようとした時だった。

スパッと。

電子時計が真っ二つに切り裂かれたのは。

「え」

完全な切り口を描いて、電子時計は息絶えていた。

ガシャンと音を立てて目の前に落ちてくる。

「え、え?」

ナイフと時計を交互に見た。

「うっそ……」

じゃあさっきの枝は偶然じゃなく――。

ペン立てに入れられたシャーペン。

それをしかと見て、僕はナイフを振るう。

振るったと同時に切り落とされるシャーペン。

「これ、本物だ……」

それも本物以上の本物。

尋常ではないその覇気は間違いなく。

ピンポーンとインターホンが鳴った。

今日は両親は居ない。

父さんは仕事、母さんは買い物だ。

「はーい」

『君、刀を持ってるね?』

カメラを覗くと、そこには奇妙な格好の人がいた。奇妙とはいっても、スーツ姿のおっさんではあったが、おおむねその雰囲気が奇妙と言うべきか。

一言で言うと、気持ち悪い。

「何のことですか?」

『とぼけなくていい。その刀を見にした瞬間に気づいた。かの名工が作り出した妖刀だとね』

「よ、妖刀?」

『いくらでもだそう。何キロだ?』

ズルリと覗き込んでくる男。

その表情は狂ったようにこちらを見ている。呪い殺さんばかりの勢いで、下手を打てば家を燃やしてでもコレを奪い取ろうとするだろうと。

「……少しお時間を下さい」

『早くしてくれよ』

そしてモニターをオンにしたままに通話を切った。男は落ち着きなく貧乏ゆすりしながらこちらを凝視したままだった。

手の中のナイフを見る。

「……何を斬れる」

僕はそう問いかけていた。

応答が返って来るとは思いもしないが、そうするべきだと自然とそう口にしていたのだ。

モニターに映っている男がイライラしだし、インターホンを何度も押してくる。

けれど僕はそれを無視する。

刀から感じられるその気配。

何でも斬れると断じるその気配。

扉をガチャガチャと鳴らす男。

その彼に向かって、スッと一閃。

『…………』

唐突に動きを止めて、彼は首を傾げた。

『私は何をそんなにムキになっていたのだ?』

そのタイミングで通話ボタンを押す。

「すみません、お待たせして」

『いや、何でもない。私もどうかしていたみたいだ。失礼するよ』

そう言って、男は踵を返して去っていった。

「……すごいな、キミ」

僕が斬りたいと思ったのは、彼の執念だ。

この刀に対する途轍もない執念を断ち斬ること。

気持ちが絶たれれば、関心も薄れる、興味もなくす。

彼はもう二度と、この妖刀に関することはないだろう。そう確信している。

「僕は何を斬ればいいんだ?」

初めてキミを見て、振るってみたいと思った僕も恐ろしい人間なのだろう。

けれど僕はこうしている。

こうして、何を斬ればいいのかを問うている。

あの枝を切ったときから感じていた高揚感。

この刀を、僕は扱いたい。

「斬りたいものは何でも、か」

その返答を受け、僕は頷く。

斬りたいものは山ほどある。

この世界には、切らねばならないものがたくさんある。

「けど慎重にならないとね」

斬りたいからと言って何でもかんでも切っていいわけではない。

あの男がそうであるように。

この妖刀の斬るという意味はそれほどに大きい。

「だからまずは」

テレビをつけ、生中継されている国会中継を見る。

「増税クソメガネの性根を叩き切ってやれ」

妖刀を構え、一閃を引いた。


https://ncode.syosetu.com/n3853ip/

【集】我が家の隣には神様が居る


こちらから短編集に飛ぶことができます。

お好みのお話があれば幸いです。


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