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文豪VS宇宙人:火星人襲来

作者: 吉岡篤司

「戦闘現場より中継です。彼らは三脚型戦闘兵器から次々と圧倒的な熱戦を乱射し、神奈川県横浜市西区みなとみらい地区より上陸しました! 陸上自衛隊・海上自衛隊・航空自衛隊の決死奮闘虚しく各個撃破されております! 東京、大阪など主要都市の壊滅は近づいているとの見方が専門家の間では多数、散見されます。ですが、私たち日本人は決して諦めない。例え、この身滅びようと敵から世界をこの美しい母なる地球を守り切るのであり――」

 緊迫した口調ながら鼓舞するように危機を伝えるアナウンサーの声がラジオから流れる。いつもは笑顔のみなとみらいを覆いつくす人々が、恐怖の悲鳴を上げながら我先にと走り出し、巡回する警官は困惑している。さらに、この騒ぎに便乗して店々では破壊・強奪行為・喧嘩を行う輩も現れ、街は無政府状態のパニックとも言える状態に陥り、火の手があちこちから上っている状況だ。そんな中、ランドマークタワーの最上階の静かなBARで二人の男女が平和な海を見下ろしていた。

 新進気鋭の若手小説家である(よし)(おか)敦志(あつし)はいつもと変わらず、そこで酒を飲んでいた。

「アブサンの砂糖水割りをおかわり」

「かしこまりました」

 セミロングヘア―に金髪、UFOのような山高帽を被り口に差し込んだパイプタバコから煙をくゆらせている善岡とカウンターを隔てて対峙している亜麻色の髪と大きな瞳が特徴の女子大生ミューズ。この二人は外の混沌を全くと言っていいほど気にしている様子が無い。

「流言飛語が飛び交うのは、世相の不安によって人々が心の拠り所をなくしている証だよ」

 善岡は外の群衆を嘲笑った。

「でも、その気持ちは理解できるのでしょ」

「あぁ」

 ミューズの問いかけに応じた時、彼の眼前に翠色の液体が入ったグラスがそっと置かれる。

「これと同じだ」

 彼は呟くなり、一気に飲み干した。

「自分すら信じることが出来ない人ほど、訳の分からないものを信じ込んでしまうのよ」

 ミューズの囁きが彼から遠のいていく。



回る世界。薄っすらとぼやけるミューズ。善岡は幻想の中へと取り込まれ自身が溶けていく感覚に苛むも、はっと正気に変える。何やら自分に向かってミューズが話しかけているが、善岡の耳には届かない。耳だけではなく心にもだ。彼の関心は、隣の席に突如現れたタコのような外観を持った奇妙な生物だ。

「やぁ、火星人。突然、我らの偉大なる惑星、地球を攻めてくるとはなぁ。俺たちは君らと友好関係を作りたいと思ってるのに。飲みながら話そうじゃないか」

 彼はその生物を火星人と呼び、グラスを持ち上げてどうだと誘う。しかし、火星人はそんな善岡に対して鋭い触手を向けて言い放った。

「貴様とはもとより話すつもりはない」

 不愛想に返す火星人。しかし、善岡は笑顔で火星人に迫る。

「そこを何とか」

 そんな彼に対し火星人は無表情だ。そもそも表情があるかすら不明だが。

「お前たちは餌であり家畜であるから話をする相手として見ることがおかしい」

 返答に驚く善岡だが、平静を装いながら問いかける。

「美味しいものなら俺たち以外にも広い宇宙にいくらでもあるじゃないか」

「お前らは牛や豚を食す時に話をするかね。彼らの命乞いを聞くかね。自分たちではなく山羊を食えと言われて素直にその通りにするのか。家畜の言いなりになる人間がどこにいる」

 流石の善岡も反論の余地がなかった。しかし、なおも落としどころを作ることを図ろうとする。

「私はそんな優しい心をもっていると君に期待している。どうか、もう一度仲間通しで議論を深めて再検討して欲しい。地球以外にも人間の代替品はあるはずだ」

 だが、

「我々は極度の飢餓状態を脱する為、もっとも発動可能が早い最後の手段に出たまでだ」

 交渉の不可能を悟った善岡は無理に押し切ろうと、グラスを火星人の喉元に持っていくも、彼の触手は善岡の額を貫く。

「私が飲みたいのはその不味い水ではなくお前の血だ」

 意識が揺らいでゆく意識の中で、世界が、自分が、砂になっていくような感覚に襲われた。



 はっと我に返る善岡。その額にはミューズの人差し指がそっと触れられている。

「ミューズ、火星人は?」

 それを聞いてくすっと彼女は笑った。

「あんな強いお酒一気飲みしてそんな幻覚見てたなんて」

 善岡は熱い額にミューズの冷たい体温を感じた。

「そうだな。だが、教訓は得た。いざ、戦いとなった時に飲んで語り合って戦争を止めて平和をとか言ってたら頭お花畑だな。ましてや力の優劣が明白で、そもそも話をする前提すらお門違いな相手に対して言うってね」

 善岡は新たに出されたグラスを傾けちびちびと飲みながら言った。

「でも、そんな相手にも相手なりの論理があるんじゃない?」

「その通りだ、ミューズ。流石だな」

 ミューズは彼から褒められたことが嬉しかったのか、薄っすらと笑みを浮かべた。

「これから世界はどうなるんでしょうね?」

「分からんな。しかし、外のあのザマを見たらロクな展望が思い浮かばない」

 そんな折、酒瓶がばりんと大きな音を立てて割れる。酔っ払いが酒瓶を落としたのだろう。

「ほらな」

「流石、善岡先生。予想は見事的中しましたね」

「あぁ、けど未来ってのは、やっぱり分からないものだ」

 地面に赤い液体が広がり海のようになっていくのを善岡は静かに眺めていた。



「えー、昨日のラジオドラマ『火星人襲来』冒頭の緊急放送の導入はあまりに迫力があり、多くの人々が信じたが為に、各都市でパニックが発生したという状況を受け止め我が局としては誠に遺憾に思い、心よりお詫び申し上げます。我が局の放送倫理を見直すと共に、再発防止に努めたく思い――」

 昨日のアナウンサーとは異なり、あらかじめ用意された書類を読んでいることが丸わかりの重役の謝罪会見がラジオから流れている。それを聞いて善岡とミューズは爆笑していた。

「昨日の人々の恐怖は、今日、放送局への怒りに変わるだろう」

「それねぇ、すぐに自分たちの愚かな所業をけろっと忘れて」

 善岡はすっと出されたアブサンを飲んでおり、いつも通りだ。だが、ふっと真顔になり、ミューズに問いかける。

「ミューズ、もしかして宇宙人じゃないよな?」

「おや、善岡先生ともあろう方が何を言っているのですか」

 ミューズは妖しい笑みを浮かべた。

「冗談だ。もし君が宇宙人なら俺に翼を授けてくれるはずだ。あの海と空を行き来できるくらいの」

「えぇ、そうしたいね。でもなんでそんなの欲しいの?」

「最上階まで登るのが面倒だからだ」

 善岡は青々とした海を見下ろしていった。

 その時、ラジオは謝罪会見からコマーシャルへと切り替わった。いくつかの企業の宣伝の後、突如抑揚のない口調でBGMもなく淡々と読み上げられる文言が響いた。

「政府広報です。悪質なフェイクニュースやデマ、陰謀論にご注意ください。なお、昨今の情勢下で世界各国が情報戦を繰り広げている現状を鑑み、プロバガンダも一部含まれていると思われます。改めて、国民の皆様にはご注意お願い申し上げます」

 善岡はそれを聞いてぼそっと呟く。

「何が本当で何が嘘なんか分かるもんか。それより雨が降りそうだな」

 割れた窓から見えた空は海の色ではなかった。

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