第九話
人々が行き交う。頭にはキャラもののカチューシャを付け、首からはポップコーンのケースを提げ。たっぷりの甘い砂糖がまぶされたチュロスを持つ人もいる。
そう、ここは遊園地。獏句とナツキはこの日、わざわざ遊園地に足を運んでいた。そのきっかけは数日前に遡る――。
――。
きっかけはボランティアから帰ってきたモスケが手にしていた券だった。嬉しいのか、どこか浮かれた様子で獏句たちへそれを見せる。
「劇団の人から、“いつものお礼に”って遊園地の割引券を貰ったよ。三人分あるし、よかったら一緒に行かない?」
いつもボランティアで劇団に通うモスケ。劇団側は彼の働きでかなり助かっているらしく、たまにこのようにお礼を渡されるのだ。そして今回は割引券。
「そういやボクたち、そういう所行ったこと無いよな? 人の夢について知れるかもだし、いいんじゃね⁉」
なら決まりだ、と獏句の三人は計画を立て始める。……それをぬいぐるみを抱えながら遠目に眺めていた、獣耳の少年を除いて。
「三人ともー? ぼくのこと忘れてない?」
口を尖らせ、眉間にシワを寄せて不満げに挙手する。しかし返ってきた返答は。
「だってナツキは人の目に見えないだろ」
「見えないのにチケット買ったら変だもんな?」
「かと言って不法に入場する訳にもいかないし、ね?」
この通り、三人は三人でしっかり理由がある。が、ナツキは納得がいかない様子で。
「やだー! ぼくも行きたいー! アトラクションには乗らないから、せめて一緒に連れて行ってよー! こんなの、寂しすぎるじゃん!」
ぬいぐるみの腕を振り主張してみる。かわいこぶっても駄目なものは駄目なのだが……。
「はぁ……しゃーねーな。今回だけは大目に見て差し上げますよーっと。どうせ見えないなら人間にとっちゃいないのと同じだし、いいだろ! な、モスケ、ミサク!」
このようにコクアの説得もあり、晴れてナツキも同行できるように。
参加が決まったなら、次は日程決めだ。梅雨の時期ということもあり雨の日は多い。何とか晴れ、悪くても曇りの日に行けないかと天気予報をチェックする。
「しばらくは雨だねー。それに台風も来る……けど、この日だけは晴れるみたい」
「嵐の前の静けさ、ってやつか。そこでいいんじゃないの。一応カッパも持っていった方がいいとは思うけど」
「遊園地ならキャラもののカッパとかありそうじゃね?」
そして数日がかりで計画を立て、とうとう当日が訪れたのだった。
――。
雲は多少出ているが、予報の通り天気は晴れ。
初めての遊園地に、獏句の面々も今日ばかりは浮かれ気味だ。コクアなんかは早速遊園地のメインキャラクターのカチューシャを装備し、モスケとナツキは遊園地内に売っていたコスプレ衣装を身に纏う。ミサクは“柄じゃないから”と拒否したが、三人の猛烈な押しによりキャラクターの顔が付いたヘアピンを付けている。
「それにしても人間が本当に多いね……何人かは黒いモヤが見えるけど、払ってあげた方がいいかな?」
ここもある意味夢の世界だが、そんな場所においても黒いモヤはお構い無しに人間に取り憑いている。
「夢の世界に行けばいいだけの話だけど、現実世界で獏句として動いたら不審者だろ。ひとまずは遊園地で人の夢を学ぶ方を優先して、今はマーキングに留めておいた方がいい」
ミサクの言う通りに、魔力でこっそり印を付ける。彼らを助けに行くのは、今日の夜にしよう。そう決めた……のだが、三人、いや四人の下へ一人の女性が現れた。
「失敬、そこの御三方と、見えぬ者。――其方ら、人間ではないな?」
「っ、⁉」
今まで、こちらから事情を説明しない限り獏句の正体を知る者はいなかった。だと言うのに初手で自分たちの正体を見抜くとは。それも、人間の目に見えないはずのナツキのことも認知している。
現れた女性――雨延は自己紹介をし、四人に向けて語りかける。
「某は悪夢の化け物に襲われたことがきっかけで思いを見ることができる故、人ならざる者も思いを発していればそこにいることがわかるのだ。……其方らに、協力を頼みたいことがある」
「頼みたいこと? 何かな?」
協力的な姿勢を示すモスケに、雨延は話を続けた。
「この遊園地には悪夢の化け物がいる。化け物は人の心を食べるのみならず、遊園地を楽しむ夢さえも侵食している。其方らは人間ではないのなら、夢の世界に干渉することが可能であろう。……その化け物を払っていただきたいのだ。もちろん礼はする」
つまり。
「何だ、ボクたちが普段やってることと同じじゃねーか。別に頼まれるまでもないぜ」
コクアの当然と言わんばかりの態度に続き、モスケたちも深く頷く。
「大丈夫だよ、探偵ちゃん。俺たちもしっかり対処するから、ね?」
つまるところ、悪夢の化け物退治を夜にやるか今やるか、ということだ。
「皆……深く感謝致す。悪夢の化け物は思いを発している故、位置であれば某にもわかる。では案内致そう」
思いを見る雨延によると、悪夢の化け物の正体は負の感情の塊だと言う。それが意思を持ち、人間を襲っている――。
さらに獏句は一つ勘違いをしていた。悪夢の化け物は人間の心を食べるが、それが主食ではない。本当は人間の魂を食べようとするも、魂は肉体に守られて手を出せないため、比較的近づきやすい心を食べているのだ――と雨延は語る。
「某も昔、幽体離脱をした時に魂を食べられかけた。そこをとある方に助けられたのだ」
「それってもしかして無真、かな?」
「ご存知であったか。……む、見えたぞ」
雨延たちは立ち止まる。獏句の目にはしっかりと悪夢の化け物が見えていた。
「人間の夢が集まる場所だからかもだけどよー、何か大きくね?」
「きっと心をたくさん食べたんだろ。……このままじゃ、人間は遊園地を楽しみきれない。コクア、モスケ」
ミサクの合図に二人は頷き、モスケとミサクは一時的に夢の世界へ。悪夢の化け物が一般人に手を出さないよう、コクアと雨延が囮となり悪夢の化け物を人の少ない所へ誘導する。
「今こそこれを使う時、だね!」
そう言ってナツキが懐から取り出したのは心の薄片。日光を反射してきらきらと光るそれを魔力に変換し――。
「それっ!」
得た魔力を使い、人払いの結界を張る。これで一般人が近づくことは無いだろう。
「皆ー! 頑張れー!」
ナツキの応援を背に、モスケとミサクは悪夢の化け物を追い詰めていく。黒いモヤとは違い強力な存在だ。だが、負けられはしない。
モスケが悪夢の化け物の腕を絡め取った。引き千切られても、何度でも捕まえる。そして上空へ飛んだミサクが銃剣を振り上げ――。
「はあっ!」
――悪夢の化け物をてっぺんから下まで勢いよく切り裂く。悪夢の化け物は金属音のようなかん高い悲鳴を上げ、散り散りに消えていった。……勝利だ。
その後。
「皆、これは某の礼だ。たくさん食べてくれ」
遊園地内のレストラン。そこに雨延たち五人の姿はあった。今回のお礼に雨延がコクアたちに食事を奢ることとなったのだ。
「俺たちは当然のことをしただけだよ。でも……ありがとうね、探偵ちゃん。ありがたくいただこうかな!」
店員が運んできた愛らしい見た目の食事たちに、コクアたちのお腹はすっかり空いていた。この日は皆で食事を楽しみ、その後は人間観察もしつつ、日が暮れるまでアトラクションを堪能していった。




