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あやし見送り歌  作者: 木創たつみ
無真と探偵編
7/20

第七話

「嘘でしょ……」

 大学の玄関から見る、土砂降りで夜かと疑う程暗い外。そんな夕方にフユキの野望は打ち砕かれた。

 今日のフユキは大学の授業が終わり次第、颯爽と帰宅しようと目論んでいた。何せ今日は夜二十時から推しの誕生日配信がある。リアタイする為には早いうちに家に帰り、夕食とお風呂と勉強を済ませる必要があった。そのためにこの日まで散々計画を立て、授業が終わって以降どう帰るか、帰宅後どのような段取りでやることをこなすかのシミュレーションも何度も繰り返した。

 だが現実は予報に無かったゲリラ豪雨。恨むぞ天気予報。傘を持ってきていないこともそうだが、何より電車の遅延と運休が一番怖い。さて、この大降りの中どうやって帰ろうか――一計を案じるフユキの脳内に一人の助っ人が浮かんだ。

「そうだ、アキ兄に車で迎えに来てもらおうっと」

「アキ兄って誰?」

 ……しばしの静寂。いや、本当は雨音のタップダンスがうるさくて仕方ないのだが、予想だにしていない声にフユキの中で無音が広がった。壊れかけた絡繰人形のようにぎこちなく横を向くと、そこには傘を差したミサクがいた。

「み、みみみ、ミサクくん⁉ いつの間に……⁉」

「ついさっき。帰ろうと思ったらフユキがずっとそこにいるから、気になって」

「あー……」

 確かに、しばらく玄関で固まっていた気がする。周りに人がいないからとすっかり自分本位の行動をしていた。反省しなければ。

「えーっと……たまに従兄弟の話をしてるでしょ? ほら、年が離れた従兄弟がよく面倒を見てくれてる、って。その従兄弟がアキ兄だよ」

「ああ、その人だったのか」

 フユキにとって、彼女がアキ兄と呼ぶ従兄弟はいつだって頼れる味方だった。同じ庭穂市内に住んでおり、週に何度か一人暮らしのフユキの家を訪れ、料理をしたり勉強に付き合ったりと面倒を見てくれている。ちなみにフユキの調査では彼女はいない。

「で、どうするんだ? そのアキ兄……? に頼むならいいけど、駅までなら送ってやれるぜ」

 そう言い傘をフユキの上に掲げる。傘を持たないフユキにはありがたい申し出だ。……だが、気づいてしまった。

「(……これ、相合い傘ってやつじゃ⁉)の、ののの、ノーセンキュー!」

「何で外国語」

「何となく……?」

 首を小さく傾げるミサクに対し、フユキは恥ずかしい思いでいっぱいだ。今日この時間だけで一体幾つの失態を重ねただろう。思い返すのも恥ずかしい。

「そ、それよりミサクくんは帰らなくていいの? モスケさんとか待ってるんじゃない?」

 スマホの時計を見せるとミサクもこくんと頷く。

「ん……そうだな。じゃあ行く。また明日な」

「うん、また明日」

 ミサクを見送り、フユキはスマホで従兄弟に連絡を入れる。

 十数分後、“仕事があるから今日は行けない、友達に送ってもらえ”との連絡が来た。仕方ないので敢え無く土砂降りの中を傘も差さずに帰るフユキは、これなら大人しくミサクの提案に従っておけばよかった――と後悔するも思い虚しく、駅まで走って向かうこととなった。

 その後、電車には無事に乗れたものの、ぎゅうぎゅう詰めで具合が悪くなり、雨で体も冷えてしまったり……と踏んだり蹴ったりだった。が、推しの配信には無事に間に合ったのだった。


 夜、夢の世界。

 モスケとミサクは慣れた手付きで悪夢の化け物を仕留めていく。上映中の悪夢を見つけたなら、それに攻撃をして消し飛ばし、人間に認知されないうちにその場を後にする。それから心の薄片を回収することも忘れずに。

 このようにいつもと変わらぬ業務を執り行っていた。だが、今日はいつもと違うことがあった。

「ミサク、向こうから誰か来るよ」

 本来、人間は自分の見る夢に夢中で、夢の世界を自由に動くことは無い。夢の旅人であるフユキなんかは例外だ。またそのフユキか? ……と思ったが、今回は複数の足音を確認できる。その足音が近づくと共に人影も見え始め――白い軍服のような服に身を包んだ二人の男女が現れた。

「君たちが夢の世界を荒らす犯人か」

 腰に刀を佩いた男性が険しい表情で毅然と問い詰める。女性の方は微笑んではいるが弓を持っている。

「キミたちが無真、かな」

「あら、アタシたちのことを知っているのね? 正解よ」

 ナツキから聞かされていた無真。いつか遭遇するだろうことは覚悟していたが、とうとう出会ってしまった。

 ある程度の距離を保った状態で、男がモスケたちへ手を伸ばす。

「君たちが持つ心の薄片をこちらに渡してもらおうか」

「生憎、僕たちにも必要なんで。貴方たちに渡す訳にはいかない」

「困ったわね……その心の薄片は人間にとって大事なものなのよ」

「自然に落ちた分は人間の自己治癒力で元に戻るから、俺たちが持っていっても構わないでしょ?」

 ……交渉決裂。互いに何も言わずに武器を構える。

「アキハル、殺さない程度にお願いね?」

「わかっている。ハツカの方こそ油断するな。敵は夢の世界におけるイレギュラーだ」

 ――アキハルと呼ばれた男が駆け出した。居合の要領で刀を抜きミサクへ斬りかかる。

「ッ!」

 すんでのところで、どうにか銃剣で受け止めた。だが相手は力強く、押される。

「させないよ!」

 モスケが糸でアキハルの腕を掴み引き剥がし、その勢いのまま地面に叩きつける。

「ぐっ……! 糸使いか」

「援護するわ!」

 連続して放たれた、ハツカの矢。それをミサクが全て撃ち落とさんとする。しかし相手は手練れのようで、連射速度に追いつかない。

「!」

 モスケの手を矢が掠めた。赤い血が流れる。

 ……ここまで、負傷具合は五分五分。しかし戦闘力においては相手が遥かに上だ。

「ミサク、どうする? このままだと負けは確実だよ」

 無理やり笑いながら尋ねるモスケ。だが、反応を示したのはミサク本人ではなくアキハルだった。

「……ミサク? まさか、君は……」

「……? 何?」

 怪訝そうなミサクをアキハルは驚いたように見つめ。

「……いや、何でもない。ハツカ、今日は引き上げるぞ」

「いいの? あの子たちの持つ心の薄片は回収できていないわよ?」

「戦い終わる頃には夢の世界は荒れきっているだろう。不用意に傷つけては人々に何らかの悪影響があるかもしれないからな。それにまだ悪夢を払い終わっていない、まずはそちらが先だ」

 そう言って刀を収める。彼自身納得はしていないようで、眉間にはシワが寄っている。

「――覚えておけ。我々は無真。人間の心を守る者だ。君たちは何者だ?」

 アキハルの問いに、モスケは胸の前に拳を持ってくる。

「俺たちは獏句。キミたちと同じく、悪夢と戦う者だよ」

「獏句、ね。覚えたわ! じゃあ、また会わないことを願っているわ」

 獏句を一瞥し、刀の柄に手を置くアキハルと二人へ手を振るハツカは向こうへと消えていく。残された二人は無真が見えなくなった途端にどっと気が抜け、その場に座り込んだ。

「あのアキハルって男、何で僕のことを気にしていたんだ」

「謎はある……けど、ひとまず助かってよかったかな」

 休憩したら仕事に戻ろう――そう決めて、今は少しだけ休むことにした。

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