第六話
六月になり、過ごしやすい季節から段々と蒸し暑い季節に移り変わろうとしている。それでもまだぎりぎり梅雨には入っておらず、雨の日も少ない。
日曜日の今日、便利屋獏句は定休日。コクアは午後の太陽に照らされながらベランダで日光浴をし、モスケは近所の劇団へボランティアで参加しに出かけている。朝に出たので、恐らくそろそろ帰ってくるだろう。そしてミサクは桃のタルトを作っている最中だ。その傍ではナツキが完成を今かと待ち構える。
「ナツキ、ホイップ頼んだ」
「任せて! うーしょ、よいしょっと……」
並べられた桃の上に、大胆にホイップを敷き詰める。
「どう? 上手くできたかな?」
「完璧。後はその上にまた桃を並べて――」
二人がかりの作業で桃のタルトは徐々に完成へ近づく。さらにデコレーションを拘りたいミサクの手により桃の配置や飾りのホイップの追加等、微調整を加えられる。かくして、二人の熱が込められた桃のタルトは無事に出来上がった。
そして、桃のタルトの完成とほぼ同時に住居の扉が開かれた。
「ただいまー」
やってきたのはボランティアから帰ってきたモスケで、手には裁縫セットを持っている。手先が器用なモスケは料理の他に裁縫も趣味としており、ボランティア先の劇団では衣装や小道具の制作もしている。
「おかえりモスケ! 今丁度タルトが出来たところだよ! 一緒に食べよ!」
ミサクが切り分ける為にお湯で包丁を温める横で、ナツキがぴょんぴょんと跳ねる。
「ならコクアも呼ばないとだね。俺が呼んでくるよ」
洗面所で丁寧に手を洗ってからコクアの下へ。
「コクア、ミサクのタルトができたって」
「おっ⁉ 待ってた! 早く食べようぜ!」
ノリノリのコクアも含め、四人揃って食卓へ。ミサクが丁寧に四等分した桃のタルトは断面も整い美しい。下からタルト、桃、ホイップ、桃、飾りのホイップの順に層になっており、まさに計算し尽くされたデザインだ。
「いただきます!」
旬の桃を使ったタルトは甘く、口どけもとてもいい。ホイップの真っ白な飾りも愛らしく、見た目も味も百点満点。
「ミサクさー、これフユキだっけ? にも持っていってやったらどうだよ? こんだけおいしいんだからきっと喜ぶぜ!」
以前、モスケとミサクとナツキは夢の世界でフユキに出会った。その時コクアは同行していなかったためフユキとの直接の面識は無いが、日頃の話からミサクとフユキが相当に仲の良い友人だということは知っている。そのため、いつか機会があったら会いたいとはよく口にしていた。
「流石コクア! いいアイデアー!」
ナツキがべた褒めする。コクアのことが可愛くてしょうがないナツキに、モスケはまたかと苦笑い。
「ナツキってコクアに対して肯定的っていうか、もはや親馬鹿みたいになってるよね」
だが、返ってきたのはナツキらしくない言葉。
「やめてよ。親って虐待するじゃん! ぼくそんなことしないもん! 愛してるとか言っておいて、都合が悪くなればすぐに手を上げる。結局嘘つきでロクデナシなんだ。親なんてそんなもんでしょ?」
ぼくはそんな人じゃないよ! とぷりぷり怒って腕を組む。
そしてミサクは桃にフォークを刺しながら暗いトーンで話す。
「というかそれ以前に僕はフユキの家を知らないし、それに日持ちするものじゃないから。後、僕なんかの料理で喜ぶとか――」
「はいストップ」
モスケがミサクの前に手で止めるポーズを取った。ミサクのネガティブモードが止まったのを確認し、諭す。
「ミサク、そうやって後ろ向きに考えるのはよくないよ。後でフユキちゃんに食べたいかどうか聞いて、食べたいようだったらその時にまた作ろうよ。ね?」
「……モスケの言う通りだな。学校の時に聞いてみる」
そう言って桃をパクリ。ホイップの甘さで桃の酸味が強まり、甘酸っぱい味わいが舌に沁みた。
「ごちそうさま!」
桃のタルトを食べ終え、コクアとモスケが洗い物をするべく片付けに入ろうと立ち上がる。しかしそこでナツキが待ったをかけた。
「獏句の活動のことで一個注意喚起? しないといけないことがあってさ! 皆、無真については前に話したよね?」
三人とも相槌を打つ。
「無真ってかなり前にナツキが言ってた奴らだよな?」
コクアが以前、まだ獏句としての活動が始まっていなかった頃にナツキから受けた説明を思い出す。
「うん。無真っていうのは、悪夢に対抗する為に人間が作り出した組織! 秘密裏の政府組織〜って話だけど……って今はそれはどうでもよくて、ざっくり言うと獏句みたいに毎日人間の夢に入り込んで悪夢や悪夢の化け物と戦ってるんだよ! でもね……」
ここで机の上に倒れ込み、肘を付いて一つため息。
「無真はぼくたちが心の薄片を集めるのをよく思ってないんだ! 無真は心の薄片を元の持ち主の心に返そうとするのが主義みたいで、だからぼくたちが持っていくと困るんだって! 無いとぼくたちも困るのに〜!」
心の薄片とはナツキが獏句に回収を命じている物質。これを魔力に変換することでナツキや獏句が活動する為のエネルギーにしている。ナツキはこれを“心から落ちた分は自然と修復するのだから多少は持っていっても構わない”と正当性を主張する。
「そういえば話は逸れるけど、ナツキって俺たちに渡さない分の心の薄片ってどうしているの?」
「え? それは……将来に必要だから溜めてる、っていつも言ってるでしょー?」
モスケの質問を軽くいなす。
そう、ナツキはいつもこう言うのだ。ナツキの過去や心の薄片の使い方等、詳しく聞こうとしても大半のことは秘密だと言い教えてくれやしない。知らなくても獏句の活動に支障は無いとはいえ、気になるものは気になる。が、今回もナツキは誤魔化す。
「それよりも、ここからが大事なこと! ……無真がね、“任務の邪魔になる存在は悪夢や悪夢の化け物以外にも適切な対処をしていい”って決まりを作ったらしいんだよ。この意味、わかる?」
「向こうに都合が悪い時は僕たちも排除される可能性がある、ってことか?」
どうやらミサクの推測通りだったようで、ナツキは無言で何度も頷いた。
「そう! ぼくたちにも危険が及ぶ、ってこと! だから皆、気をつけて! 夢の世界に行くモスケとミサクはもちろんだし、もしかしたら現実世界でもコクアのところにあいつらがやってくるかも……!」
大げさではあるが一理ある。互いに引けない理由が存在する以上、対立と衝突の可能性は十分あり得る。そのことについては事前に覚悟をしておいた方がいいだろう。
「それで注意喚起、ってことだったんだね。ナツキ、教えてくれてありがとう」
モスケの感謝にナツキはにっこりと笑い、照れくさそうに頬を掻いた。
「ううん、ぼくも皆が頑張ってくれてるおかげですっごく助かってるからさ! 皆、これからもよろしくね!」
ぼくの話はこれで終わり! とナツキは締め括った。
「さぁ、洗い物しちゃおう! ぼくお皿拭く係やるー!」
「んじゃボクが洗うから、モスケは机を拭くの頼んだ!」
「わかったよ」
そうして各々作業を分担し、後片付けに取り組む。その姿を見ながら、ミサクは次に作るお菓子の構想を練り出した。それとフユキが了承した場合に何を作るかも考えねば。次はどんなものがいいだろう。




