第五話
「こんばんは、お姉さん!」
――彼から挨拶をされた時、フユキは恐怖を覚えた。人が怖いから? いいや、違う。
フユキは人の夢を自在に旅できる能力を持っている。言ってしまえば“夢の旅人”だ。中学生の時、引きこもっていた際にネットで調べた“二次元に行く方法”を片っ端から試した結果、引きがいいのか悪いのかこの能力が身に付いた。以来、夜は人の夢にお邪魔して内容を覗かせてもらうことが趣味の一つだ。
しかし人に話しかける勇気は無い。人が夢を見て世界に没頭しているのを、あくまで遠くから眺めさせてもらうだけ。そもそも本来人は自分が見る夢の外を感知することはできず、フユキに話しかける人など誰一人いなかったのだ。
そんな彼女に、今、話しかけている男がいる。初めてのことにフユキは怯えていた。もしかすると何か非難されるかもしれない。怖い。だが、フユキの予想とは裏腹に彼……ナツキの態度はやけに好意的だった。
「はじめまして、ぼくは雲居ナツキ! 実はね、今日の昼間にお姉さんのこと少し見させてもらってたんだ! ぼく、お姉さんのこともっと知りたい! だから、よかったら色々と教えてよ!」
「えぇ……」
いい方に裏切られはしたが、自分に話しかけてくる獣耳の不審者に戸惑う。……が、ある物を見たことで彼女はナツキに興味を引かれた。
「そのぬいぐるみ……かなり昔に潰れた会社のゆるキャラ、ですよね?」
「あれっ! よくわかったね! 何で知ってるの?」
フユキの視線がぬいぐるみに注がれたことを察知したナツキは嬉しそうにぬいぐるみの腕を振る。フユキもノートパソコンに貼っているキャラクターだ。
「伯父さんが昔働いてたみたいで、余ったグッズを分けてもらったんです。ステッカーとかストラップとか、色々と」
これは二十年以上前に潰れたとある企業が出していたゆるキャラらしく、そこに務めていた伯父が当時に会社から在庫処理で色々なグッズを貰ったのだそうだ。伯父もこのゆるキャラを気に入っていたようで、昔は自費でグッズを買ったこともあったとか。また、フユキも小さい頃に伯父からグッズを貰った影響でこのキャラがお気に入りだ。
「へー! その伯父さん、すっごくいい人だぁ!」
何だか嬉しくなっちゃった、とナツキはその場でくるくると回った。髪とぬいぐるみがふわりと跳ねる。そして、思い出したようにフユキに尋ねる。
「……そうそう、お姉さんの名前、まだ聞いてなかったよね? 何て言うの?」
「か、河出フユキです」
初めて会う人……それも不審人物に名前を問われ、おっかなびっくり答える。フユキの名を聞いたナツキはというと、きょとんとしばらく目を見開き……少し経ってからへにゃりと笑った。
「フユキちゃん! えへへ、何だか名前が似てるね!」
「そうですね……」
愛想笑いにも届かない苦笑いをこぼす。きっと口元は引きつっている、そうフユキは確信していた。実際にその通りだったようで、ナツキは少し考えた後に自らのぬいぐるみを差し出した。
「はい、もふっていいよ!」
「ん……? 何で?」
「人間は可愛いものに触れるとのんびりリラックスするでしょ? だからはい、緊張なんてしなくていいからさ!」
半ば押し付けられぬいぐるみを受け取る。……確かに触り心地はいい。試しにぎゅっと抱き締めてみると何だか心のざわめきが消える気がした。その様子をナツキはニッコニコの笑顔で見守る。どうやらフユキがぬいぐるみを受け入れたことが嬉しいらしい。
「……確かにリラックス? ……は、できました。ありがとうございます」
「あははっ、どういたしまして! ……後、敬語は使わなくていいよ! もっと気軽にお話したいからさ!」
「そ、そっか……よろしくね、ナツキくん……?」
フユキが自分の名前を呼んだ時、ナツキは満足げににこりと笑った。
それからはナツキの質問攻めだった。普段は何をしているのか、ミサクとはどういう関係なのか、何故夢の世界で自分らしさを保っているのか、等々……。フユキは押し切られる形でその全てに答えた。
「逆に聞くけど、ナツキくんはどうしてそんなにワタシのことを知りたがるの……?」
「へっ?」
フユキからその手の質問が来ることは想定外だったようで、数回瞬きをしてから腕を組み考え込む。口を尖らせつつ自分の思いを整理し、出した答えは。
「……ざっくりと言うなら、“希望をフユキちゃんに見つけたから”……かな?」
「希望?」
フユキの言葉にうん、と頷いた。眉尻を下げ、少し申し訳無さげに話す。
「ごめんね、詳しいことは言えない。秘密。でもフユキちゃんのこと凄く気に入っちゃった! だから、これからもまた色々とお話してほしいな!」
「う……ん。ワタシでよければ、いつでもいいよ」
「本当⁉ やったー! ありがとうね、フユキちゃん!」
二人が話し込んでいると、仕事を終えたモスケとミサクがやってきた。二人とも疲労が見られ、ミサクは気だるげに傘を肩に担いでいる。
「ナツキ、どこに行ってたんだよ。……って、え」
「……え、ミサクくん……?」
いるはずのない友人が、何故かここにいる。ミサクもフユキも、まさか互いに夢の世界で相手に出会うとは思っておらず、困惑で固まる。
「ミサク、もしかしてこの子がこの間言ってたお友達?」
モスケの問いに無言で頷き、そしてナツキに詰め寄る。
「ナツキ、何で君がフユキと一緒にいるんだよ」
「あっれー? もしかしてミサクってば嫉妬――」
「違う。真面目に答えろ」
声色からして、どうやら本当に怒っているらしい。それ程までに友人のことが心配なのか。
仕方なくナツキはこれまでの経緯を話す。ナツキだけの話では公平性が無いが、フユキもフォローしたことでミサクはようやく納得の意を示した。そしてミサク側も自分たちの事情についてフユキに伝えることとなった。
「……ミサクくん、人間じゃなかったんだ……」
「信じられない、よな」
今まで友人として話をしていた人物が人間ではなく怪物だったなど、とてもあり得る話ではない。
「……でも、信じるよ。これまでもこれからも、ミサクくんはミサクくんだから」
フユキはありのままの友人を受け入れることにした。ミサクが自分の事情を受け止めてくれたように、自分も彼のことを理解したいと彼女は話す。
「……ありがとう」
その心遣いはミサクにとって優しさの塊だった。甘すぎる優しさ。それこそ、夢でも見ているのではないかと思ってしまうような。
「さて、人間が夢を見る時間もそろそろ終わるから、帰ろうか。フユキちゃんは帰り方はわかる?」
もうじき朝が来る。そのことに気がついたモスケが語りかけた。
「はい、大丈夫です。それじゃあ……ミサクくん、また学校で」
「ああ、またな」
手を振り、互いに各々の家へと戻る。そしてミサクたちは少しの睡眠を摂り、来たるべき朝を待ち望んだ。




